半年目の家族



※相澤先生の過去、家庭環境など捏造過多
※オリキャラが出張ります


 守璃がクラスで浮いてしまっているらしいというのは以前から施設の職員を通じて知っていたから、守璃を相澤の実家で引き取るにあたり転校させなければならなくなることも、どちらかと言えば守璃にとってプラスになるだろうと考えていた。
 さて、実際のところどうだったのか。転校して半年ほどが経とうとしているが、相澤は今一つ、量りかねている。というのも、守璃がそういったことを自分から話す子どもではないからだ。
 学校で何をしたか、どんなことを習ったか。そういうことなら訊けば答えるし、訊かずとも自分から話しかけてくる。けれども、クラスメイトと上手くいっていないだとかそういうことは決して言わないし、訊いてもはぐらかそうとするのだ。
 両親はそんな守璃を心配していたが、かといって、無理に問いただすようなことはしなかった。出来なかった、と言うべきかもしれない。家族になったとはいっても、知り合って日の浅い彼らは守璃に遠慮している節がある。同じように守璃の方も彼らに遠慮しているので、傍目にはいっそまどろっこしく見える。
 とはいえ、顔も会わせたことがない者同士が急に家族になって、まだたった半年なのだ。相澤は両親と歳の離れた妹の仲について余計な口を挟むことはせず、時間に任せることにしていた。こういうことは、急がせてどうにかなるものでもあるまい。
 学校でのことも、上手くいっているにしろそうでないにしろ、あまり保護者側が口を出すのも良くないだろう、とひとまずは静観の構えである。守璃が無理をしているような素振りがあるならともかく、今のところそういう風には見えない。
 色々あったせいで多少子どもらしくない部分はあるものの、無理を隠し通せるほどおとなではないから、何かあればすぐ気づけるはずだ。これでも相澤は、両親より三年ほど長くこの子と関わっているのだ。

 国語のテストで100点を取ったのだと、父親にはにかみながら報告している守璃の旋毛を何の気なしに見下ろして、ふと、また背が伸びたなと思った。

□□□

 遠雷が聞こえた。
 そういえば今朝の天気予報で言っていた気がする。午後にはにわか雨が降るでしょう、お出掛けの際は傘のご用意を、云々。
 オフだった相澤が諸々の用事を済ませて帰宅すると、いよいよ雲行きが怪しくなっていた。これは一雨降りそうだ。

「あらおかえり。ちょうど良かった」
「……何が?」
「守璃のお迎え行ってくれる? あの子、傘持っていかなかったみたいで」

 玄関に顔を出した母親が、相澤の返事も待たずピンクの小さな傘を差し出した。拒否権はないらしい。

「守璃が一番なついてるのはやっぱり消太だから、私と帰るよりあの子も楽しいでしょ。ちょっと寂しいけど」

 そう言って苦笑を浮かべつつ、相澤が渋っていると思ったのか「そうだ、走って行ったら良いじゃない。良いトレーニングになるでしょ」と付け加える。
 そして、子ども向けの傘と、玄関の傘立てから引き抜いた大人用の黒い傘を押し付けられ、相澤はあっという間に「じゃ、お願いね。いってらっしゃい」と送り出された。
 強引すぎやしないか。別に断りゃしないのに。
 無言のまま小さく溜息を一つ。それから、十数年前に自分も通った通学路を歩き始めた。
 手に持った小さなピンクの傘は、二十歳を越えた男には似つかわしくない。黒っぽい出で立ちの相澤が持つと、いっそう浮いて見えた。
 小学校が近づくにつれて、ちらほらと下校中の子どもたちが増えてくる。相澤が小学生だったときと比べて、随分とランドセルがカラフルになったものだ。
 賑やかな子どもの群れに守璃の姿がないことを横目に確認しながら歩いていれば、とうとう小学校に着いてしまった。相澤の母校でもある。遊具はこんなに小さかったか。少しだけ驚きながら、校門の外から校庭を眺め、そこで走り回る子どもたちの中にも守璃がいないことを確かめた。
 守璃はまだ校舎内にいるのだろうか。待つのは構わないが、不審者として通報されては困ってしまう。知名度は低かろうがヒーローなのだ、勘違いでも通報されては仕事に差し支える。
 そんなことを考えていると、校舎から出てきた子どもたちの中に守璃に似たシルエットを見つけた。歩きながら、近くの子どもと話している。
 距離があるため相澤には会話は聞き取れないが、雰囲気はあまり良くないようだった。
 
「ほんとだもん!」

 やがて聞こえてきたのは、そんな言葉だった。

「でも、そんなヤツきいたことねーし!」
「はねるくんが知らないだけでしょ」
「おれだけじゃねーもん。ほっしーもよっちゃんも知らなかったじゃん」
「せんせーもわかんないっていってたよな!」
「女子もぜんぜん知らないって」

 何を言い争っているのかわからないが、どうにも守璃の分が悪そうである。守璃が顔をしかめて俯くと、“はねるくん”と呼ばれた少年が狼狽えたように「お、おこんなよ…」と声をかけた。

「……おこってない」
「ウソじゃないならショウメイすればいいじゃんか」
「そーだそーだ」

 残りの二人が囃し立て、守璃が言い返そうと顔をあげた。
 その時だ。校庭で遊んでいた子どもが蹴ったボールが勢いよく飛んでくる。危ないと思ったときには、ハッと振り返った守璃の目の前で跳ね返っていった。当の守璃はひどく驚いた顔をしている。また無意識に“個性”を使ってしまったらしい。
 途端に情けない困り顔になる守璃とは対照的に、三人の男子は喜色を浮かべて騒ぎ始めた。

「うわ、でた!」
「無敵マリオみてー!」
「スターとってないのに無敵ってヤベーな!」

 アホか。しかし、まぁ、小学生男子などそんなものだろう。
 おそらく本人たちは誉めているつもりなのだろうが、守璃の表情はどんどん曇っていった。

「なぁなぁ、これは?」

 無邪気に言った少年の掌から小さな火花のようなものが飛び出して、障壁の表面をはねた。その程度のものでは守璃の障壁はひび割れもしないが――これは、そういう問題ではない。

「やべー! 相澤つぇぇー!」
「おれもチョウセンする!」
「やめてよ…!」

 はしゃぎ出した子どもたちには、悪気はないのだろう。あるのは純粋な好奇心と、子どもらしい競争心。たったそれだけで、子どもは簡単に“個性”を他人に向けてしまう。
 
「……あれっ!?」
「どしたのよっちゃん」
「“個性”つかえない!」
「え、なんで!?」

 目の前の少年たちのやり取りで、守璃には何が起こっているかがピンときたようだった。
 すぐにきょろきょろと辺りを見回し、相澤の姿を見つけるなり嬉しそうに顔を綻ばせる。それに気づいたはねる少年が守璃の視線を追いかけ、不審者を見る目で相澤を睨んだが、守璃はそれには気づかずに相澤に走り寄った。

「なんで? おしごと?」
「違うよ。おまえを迎えに来ただけだ」
「わたし?」
「傘忘れただろ。ほら、雨降りだす前にさっさと帰るぞ」
「うんっ」

 さっきまでの表情が嘘のように、守璃はにこにこと機嫌の良い笑みを浮かべて学校に背を向ける。
 しかし、一人すっ飛んできたはねる少年がその背中を呼び止めた。「まっ…まって!」

「相澤、それだれ」
「お兄ちゃんだよ」
「ウソだ、オッサンじゃん! ぜんぜん似てねーし!」

 納得がいかないらしい少年は、相澤の様子を伺いながらもしきりに守璃を気にしている。
 ……なるほど、ひょっとしてそういうアレか。

「オッサンはともかく、似てない家族も世の中にはたくさんいるんだよ。……それと」

 相澤はしゃがみこんで、少年と目を合わせた。

「“個性”を人に向けちゃいけないって先生にもお家の人にも言われてるだろ。どうしてだと思う」
「……あぶないから」
「そうだ。相手も嫌がってる。守璃はたまたまこういう“個性”だから怪我しなかったが、いつもそうだとは限らない。だれかに怪我させてからじゃ遅いんだ。守璃にも他の人にも、もう二度とああいうことはしないように」
「……おれはしてない」
「そうだな、それは偉い。でもあの子ら、友達なんだろ。だったら、駄目なことは駄目だってちゃんと教えてやれ」
「……うん」
「嫌がることしても嫌われるだけだぞ」
「えっ……!」
「じゃあな。早めに帰れよ」

 相澤は立ち上がって、ピンクの傘を守璃に手渡した。相澤が持つと可愛すぎる小さな傘も、守璃の手にはよく馴染む。

「帰ろう」

□□□

 子どもの歩幅に合わせて歩く帰り道は、行きよりも歩みが遅い。
 再び遠雷が聞こえた。

「雨、ふるかなあ」
「家に着くまでもつと良いな」
「傘あるからだいじょうぶじゃない?」
「土砂降りになったら傘があっても跳ね返りで濡れるだろ」
「そっかぁ。それはやだな」
「なら少し急ぐぞ」
「うん」

 急ぎ足、といっても相澤にとっては先程までとそれほど変わらないが、守璃は小さな歩幅でせかせかと歩いた。ともすれば相澤が抱えて走った方が速いかもしれない。それでもせかせかと小さいなりに頑張って歩いているので、見守りながら隣を歩く。
 出し抜けに、「あのね」と守璃の方から口を開いた。

「みんなが、イレイザーヘッドなんてヒーローは知らないっていうの」
「……さっき話してたの、それか?」
「うん。好きなヒーローはだれかって話でね、みんなオールマイトっていってて、わたしもオールマイト好きだけど、イレイザーヘッドも好きっていったのね。そしたら知らないっていわれた。ほんとにそんなヒーローいるの? って」

 無理もない話だった。イレイザーヘッドとしての活動年数はまだまだ短い上に、相澤はメディアへの出演はしない主義だ。テレビやラジオはもちろん、新聞や雑誌に名前が載ることすらない。
 相澤のメディア嫌いはとうに身内や同僚の知るところではあるが、守璃はまだそれを知らないのだったと気がついた。

「だから、いるよ、わたしイレイザーヘッドに助けてもらったことあるんだって、いったんだけど。はねるくんたち信じてくれないんだよ。なんでウソって決めつけるんだろうね! ほんとなのに!」

 子どもらしいたどたどしさで語り終えた守璃は、どうやら落ち込んでいるというよりもむしろ怒っているらしい。「失礼だよね!」と口を尖らせて、足を踏み鳴らした。

「そうだな」
「くやしいからお兄ちゃんもっと有名になってね! オールマイトくらい!」
「オールマイトか……」

 随分大きく出たな、と相澤は首を掻いた。子どもだからと誤魔化したところで、ほぼ、否、確実に守れない約束である。
 相澤はきっぱりと言い切った。「無理だな」

「えぇぇ……!」

 悲劇的な声が上がったが、守璃はそれ以上ごねはしなかった。その代わりに、ぼそぼそと言う。「たしかにムリっぽいよね、イレイザーヘッドは……」わかっているなら言うんじゃない。

「……思ったんだけど。もしかして、お兄ちゃんのファンって、わたしとお母さんとお父さんしかいないんじゃない……? 」

 そう言って相澤を見上げた顔は、「とんでもないことに気がついてしまった!」と言わんばかりで、思わず相澤が面食らってしまうほどだった。

「……三人だけ……それはちょっと、さすがに、ちがうね?」
「さぁ……ほんとに三人しかいないかもな」
「えっ」
「まぁいいんだよ、それで」
「えーっほんとに?」
「ファン作りたくてヒーローになったわけじゃないしな」
「ふうん……」

 守璃は複雑そうな顔をしたが、守璃なりに納得することにしたようだった。急に真面目な顔になって、「でもわたし、ずっとイレイザーヘッドのファンでいるよ」と呟く。
 相澤は返事のかわりにその丸い頭を一撫でした。
 ぽつりぽつりと雨音が近く聞こえる。残念なことに、家まで天気はもってくれなかったらしい。あと少しだったのに。
 土砂降りになりそうな気配を感じ、守璃を抱え上げて傘を差した。

「ふってきちゃったね」
「走るぞ」

 にわかに勢いを増した雨脚が傘を叩く中、相澤は残り数百メートルの家路を急いだ。


相澤消太と小さな子どもの組み合わせが好きです。(正直それが書きたかっただけ…)
お兄ちゃん、はねるくん、ともに表記ミスではありません。あしからず。
状況設定には諸々アラがありますが目を瞑っていただけると助かります…

▽以下書ききれなかった設定やら補足やら
(読まなくても差し支えありません)
・相澤22歳、夢主7〜8歳
・夢主を引き取ったばかり&“個性”の暴走頻度もまだ高い為、相澤は実家暮らしで様子を見守っている
・母は夢主が家庭に馴染むまでは専業主婦
・ピンクの傘→娘ができて大喜びの母がいつの間にか買ってきた。特に夢主の好みというわけではない。
・車は無いの?→1台所有してるけどこの日は父が使ってた。あと小学校わりと近い。

180622
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