買い物日和の日曜日



 相澤兄妹の生活はすべて、兄の収入によって回っている。
 守璃の雄英進学にあたり二人暮らしの話が持ち上がった時点では、両親は「守璃の生活費分の仕送りはする」と言っていたのだが、それはどうも相澤に断られたらしい。──らしい、というのは、相澤家の大人たちがそういったお金の話を守璃に聞かせたがらないので、守璃はなかなか詳細を知ることができないからだ。
 ただ、時々聞こえてきた話の断片を繋ぎあわせると、相澤が自分の収入だけで十分だと両親を説き伏せたようなのだ。
 確かに相澤はヒーローと教師の兼業で、そこそこ良い収入を得ている。ところが、持ち前の合理主義ゆえに必要最低限の買い物しかしない。相澤の部屋は家具さえ少なく、殺風景なのがその証拠だ。そこそこの額が貯まっていくばかりだから守璃一人を養うくらい何の問題もなく、むしろちょうどいい、というのが相澤の言い分のようだった。
 昔、養母がうっかり口を滑らせた話によれば、守璃を引き取ってからの養育費もその何割かを相澤が負担しているという。おまけに、守璃の毎月の小遣いは養父母から仕送りしてもらっているのに、それとは別に相澤も小遣いをくれるのである。学習費──すなわち学生生活の必要経費、家事全般を一手に引き受けていることに対する駄賃という名目らしい。
 プレゼント・マイクは常々「あいつは守璃ちゃんに甘い」と言う。言われる守璃はピンとこないことも多いが、こういうところはなるほどそうなのかもしれないと思う。守璃はきっと一生兄に頭が上がらない。自分がヒーローデビューしたら少しずつ返していきたいとは思っているが、果たして受け取ってもらえるのかどうか。とても怪しいところである。
 ──まあ、それはさておき。
 要するに、相澤兄妹の家計という意味でも、それぞれの懐という意味でも、経済的余裕はあるほうなのだ。
 それでもなお、守璃は節約を心がけている。
 生活費として預けられているお金はもちろん自分自身の小遣いも、使い方はよく吟味し、大半は貯金に回す。
 日課は電子チラシで近所のスーパーのお買い得商品をチェックすることだ。
 さて明日は──卵が安い。それからトイレットペーパーに、食器用洗剤、衣料用洗剤。ただし、お一人様一点限り。
 日用雑貨は安いときに買い置きしておきたい派だ。

「……兄さーん」
「なんだ」
「明日時間があったら、買い物付き合ってほしいんだけど……」
「また安売りか?」
「そー。お一人様一点限り。あとそろそろお米買わなきゃだから」

 みなまで言わずとも伝わったようで、相澤は「あぁ」と頷いた。

「荷物持ちか」
「忙しい?」
「いや、大丈夫だ」
「やった。ありがとう」
「生活に必要なモンだしな」

 相澤はそれしか言わなかったが、おそらく「自分にとっても必要なものだから、これくらい気にするな」ということなのだろう。

「他に必要な物あるなら考えとけよ」
「ん?」
「車出すから。そういうときじゃねえと買えねえやつもあるだろ」
「あー、そういうこと。じゃあお言葉に甘えて………そうだな……」
「無いなら無理に捻り出さなくても」
「でもせっかくだし──あ、そうだ、ラック! 部屋に一つ欲しくて」
「ラックな。それじゃ明日は──」

□■□

 日曜日のショッピングモールは込み合っている。とはいえこのモールは木椰区の大型ショッピングモールに比べれば規模が小さいので、込み合っているといっても然程ではない。
 住宅地に近く、敷地内で隣接するスーパーとホームセンターの品揃えがそれぞれ良いことから、このモールは若者よりも主婦層やさらにその上の年齢層の客が多い。尤も、敷地内には大型のスポーツ用品店もあり、そこを目当てに訪れている運動部の中高生は少なくないだろう。
 かくいう上鳴も、そのスポーツ用品店を目当てにこのモールにやって来た。厳密に言えば、上鳴はただついてきただけで、ここに来たがったのは切島である。
 日曜日、みんなでどこかへ行かないか──そんな呼び掛けに応じてくれた切島が、トレーニングに使う諸々の道具を見たがったのでここへ来たというわけだ。ほかのメンバーは瀬呂、砂藤、峰田。声をかけた人数に対しての参加率はあまり良くはないが、クラスでも賑やかな連中が集まったおかげで退屈はしない。
 パワー系“個性”の切島と砂藤がトレーニングの話題で盛り上がったり、峰田と買い物客の中に可愛い子がいないかきょろきょろしたり、美女に吸い寄せられそうになった峰田を瀬呂と一緒に確保したり。
 切島と砂藤の買い物が済み、店の外に出たところで、峰田が言った。

「なーなんか食おうぜ。オイラ腹減った」
「俺も腹減った」
「そういやもうそんな時間か」

 歩きながら瀬呂が時間を確認する。上鳴もスマホのディスプレイを確かめた。ちょうど昼時だ。「何食う?」と瀬呂が問いかける。フードコートに飲食店、選択肢はいくつかある。

「えー、肉?」
「アバウトだな! わかるけどよー」
「お前らなー、ちゃんと野菜も食えよ?」
「母ちゃんかよ」
「俺は野菜より肉が好きなんだよ瀬呂ママ〜」
「もうっ、好き嫌いはダメっていつも言ってるでしょ電気!」
「ごめんてママ」
「好き嫌いしてちゃ大きくなれないのよっ! オールマイトみたいになりたくないの!?」
「なりたい! ボク野菜も食べるよママ!」
「で、いつまでやんのこの茶番」
「うん、もういいや、ありがとな瀬呂」

 悪ノリに付き合ってくれる瀬呂も、笑って見ていてくれる三人も、つくづくいいやつである──俺は良いクラスメイトを持ったよな、うん──閑話休題。

「で、どうする? 砂藤は甘いもんもほしいだろ?」
「まあ、あれば嬉しいけどよー」
「ファミレスでいいんじゃね」
「肉も甘いもんもあるしな」
「混んでそうだよな」
「今の時間帯だとどこ行ってもそうだろ」
「まーな……ん?」

 瀬呂が言葉を切って、どこかをじっと見つめている。

「どしたん?」

 上鳴は瀬呂の視線の先を追いかけたが、何しろここは人が多い。瀬呂が何を──あるいは誰を──見ているのか全くわからない。

「知り合いでもいたか?」

 切島と砂藤も上鳴と同じように、瀬呂の視線の先を探っている。
 背の低い峰田だけはそれが出来ず、代わりに爛々とした目で「美女!? それとも元カノか!?」と瀬呂ににじりよった。なぜその二択しかないのか。峰田らしいといえば峰田らしい。

「いや、そうじゃなくてさぁ。今、護藤がいた気がしたんだけど」
「え、護藤?」
「おー」
「どこ?」
「見失った──あ、いたわ。あそこ。やっぱ護藤じゃね?」
「俺見つけらんねー」
「俺も──あ、あれか!」
「えっどれ」
「あれ」
「えー……あ! わかった!」
「オイラ全然見えねー!」

 護藤らしき人物は、背の高い男と連れ立って歩いていた。ちょうどホームセンターから出て来たばかりといった様子で、連れの男が大きな荷物を抱えている。
 遠目なので二人とも顔はよくわからなかったが、その女子がクラスメイトの背格好によく似ていることは確かだった。

「確かに護藤っぽいな」
「私服か!?」
「そりゃそーだろ」
「日曜日にわざわざ制服でショッピングモールは来ないよな」
「私服の女子……オイラも見てーよ!」
「見ればいいだろ」
「身長足りなくて見えねーんだよ……!」
「ドンマイ」
「……つーか、さ」

「一緒にいるの誰だろ」と、はじめに連れの男について触れたのは瀬呂だった。

「な! 俺も気になった」
「もしかして彼氏とか?」
「何ィ!? 護藤男連れなのかよ!!」

 見えていない峰田が鼻息荒く足を踏み鳴らした。

「背高いな」
「ロン毛だ」
「年上っぽい」
「護藤ってそういう趣味だったのか……」
「意外だな」
「まだ護藤って決まったわけじゃないけどな」
「いや、あれは絶対護藤」

 そうこう話しているうちに、護藤と連れの男は近づいてくる。顔が見える距離になると、その女子が護藤であることは最早疑いようがないことがわかった。護藤は隣の男と何か話していて、困ったように眉を下げたり、嬉しそうに笑ったり、くるくると表情を変える。私服ということもあってか、教室で見るよりも可愛く見えた。こんな笑い方もするんだな──そんな発見もあったりして。
 しかし、同時にそれよりもとんでもないことに気づき、五人の間には衝撃が走った。

「相手、年上っぽいつーかめちゃめちゃ年上じゃね!?」
「ほんとに彼氏だとしたらやばいな……!」
「わ、わかった、お父さんだ!!」
「いやそれにしては若すぎるだろ!?」
「じゃあなんだよ、兄貴とか!?」
「兄貴にしては年上すぎねえ?」
「じゃあ瀬呂はなんだと思うんだよ!」
「……年上の彼氏?」
「ほらー!!」

 五人のうちの誰かが護藤に気があるだとか、そういうことは全くないはずなのに、五人全員が大きなショックを受けた。
 だってどう見ても、かなりの年上なのだ。横顔しか見えないが、顔は悪くない……と思う。長い髪を後ろでひとつに束ねているのも、なかなか似合う。
 しかし、そうだとしても。だとしても、だ。

「なあ、ダメだろあれ。歳の差が犯罪だろ」

 砂藤が全員の気持ちを代表するかのように呟いた。

「でもさあ……仮に年上彼氏だとして、女子高生とのデートでホームセンター行くか?」
「なに瀬呂、何が言いたいわけ?」
「買ってる物もサイズ的にたぶんラックか何かじゃん。デートで買うもんじゃなくね?」
「……え、まさか同棲、」
「エッそれダメなやつ! 犯罪じゃん!!」
「落ち着けって」
「落ち着けるか!? 相手どんなに若く見積もっても良くて二十代後半くらいじゃん!? ロリコンじゃん!!」
「声がでけーって!」

 その瞬間、男の方がこちらを見た。──ような気がした。咄嗟に顔を反らしてしまったから、確かなことはわからない。
 二人が遠ざかって行くと、切島がおそるおそるといった様子で呟いた。

「あのさ……」
「なんだよ……」
「相手、相澤先生に似てなかったか……?」
「……は?」

 四人分の「は?」に、切島は一瞬怯んだようだった。しかしすぐに、「こっち見たとき、正面から顔見えてさ……」と言葉を継ぐ。

「それがすげー相澤先生に似てたなって……」
「いやいやいやいやいや、待って、待ってくれ切島」
「それ一番ダメなやつだ」
「切島の気のせいだって! もしくは他人の空似!」
「そうかな……」
「そうじゃなかったら俺、明日どんな顔で相澤先生と護藤見たらいいのかわかんねーよ!」
「それな」
「……まあそうだよな、あの相澤先生が生徒と付き合うとか有り得ねーもんな」

 男の顔を正面から見たのが切島だけだったこともあり、すぐに切島の気のせいということで話は纏まった。言うまでもなく全員分の「そうであってほしい」という願望も大いに含まれている。
 峰田の腹の虫が鳴いたのを合図にのろのろ移動を再開すると、砂藤がぽそりと呟いた。

「なんか、どっと疲れたな……」

 他の四人の心もひとつだ。
 ──ほんとそれな。

190303
40万打企画@明石さん、もずくさん
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