まわるまるい心臓


 質問が終わると、ヤムライハが次に知りたがったのは魔法の威力だ。私自身の魔力量、身体能力にも大きく関わるそれは、魔導士の力量を知る上で最も重要な事項である。実際に使っているところ見なければ分からないものだけれども、最大限の力での魔法を部屋の中で使うわけにはいかない。私達は王宮の中庭に場所を移した。

「じゃあ、得意の雷魔法を最大出力で!」

 廊下を歩いていく役人や侍女達がちらちらとこちらを盗み見て行くのが居心地悪い。しかしそんなことは気にも留めず、ただ魔法を楽しみにきらきらと目を輝かせるヤムライハは、まるで御伽噺をせがむ少女のようである。思わず、弟妹のような故郷の子供達のことを思い出した。「ほら!」と急かすヤムライハがいつかのあの子達のようで、少しだけ泣きたくなった。思わず、杖を握る手に力が入る。

「……いくよ、」

 ──御伽噺が好きだったあの子達がこれを見ていたら、どういう反応をするだろう。

「ラムズ」

 構成が単純であるがゆえに威力に明確な力量差が出るその魔法は、天高く雷を弾き出した。晴れ渡る空に、空気を切り裂いて地から向かう雷。もしもこの雷を何も知らない人が見ていたら、一体何が起きたのかと瞠目するに違いない。
 後ろで見ていたヤムライハは頬を紅潮させ、歓声をあげて手を叩いた。

「凄い! 予想以上だわ!」
「あ、ありがとう」
「やっぱりエルさんって並の魔導士じゃないわよ!」

 次は風魔法! と興奮気味に言うヤムライハに頷いて、杖を握り直す。苦手分野であるらしいそれがどれだけの威力を持つのかは、魔導士の才が問われるところだろう。

「アスファ──」
「ああああ! やっぱりあんたか!!」

 突然、私の声をかき消さんばかりの大声が響く。それでも魔法は問題なく発動し、威力も今の私に出来る最大出力のものではあったけれども、果たしてヤムライハは見ていただろうか。声が聞こえるなり、「何しに来たのよ!」と負けじと怒鳴り返していたように思う。
 声の主は、シャルルカン様であった。先程の雷を見てやって来たらしい。私の手に握られた杖を見ると、シャルルカン様は大袈裟に嘆いた。

「剣! 抜いてすらねーのかよ!!」
「うるさいわね、抜いても抜かなくても杖は杖よ」
「うるせえのはどっちだよ。あれは剣だろ!? 剣なら剣らしく抜いて剣術使えっての!!」
「はぁ? あんた何言ってんの? 魔導士なんだから魔法を使うに決まってるわ!」
「ハッ、魔法なんか」
「魔法なんかとは何よ!! 魔法は剣術より優れてるのよ!!」
「ふざけんなよ、優れてんのは剣術だろうが!!」
「魔法よ!!」
「剣術だ!!」
「魔法!!」
「剣術!!」

 ……私は完全に置いてけぼりを食らった気分である。仲裁するべきか否か。しばし傍観していると、背後から足音と鈴を転がすような可愛らしい笑い声が聞こえた。

「ヤム達ったらまた喧嘩してるー!」
「……よくあることなのですか?」
「もうしょっちゅうですよー。理由も同じ。二人ともよく飽きないなあ」

 ピスティ様は笑いながら私の隣に並んだ。見慣れているからなのか、慌てる様子も止めに入る様子もない。呆れつつも面白がっているようだ。
 正直なところ、私は彼女が苦手だった。まだ一度しか会話をしたことがないのにそう決めつけるのは良くないと分かってはいるものの、そのたった一度の会話が、苦手意識を芽生えさせるには十分だった。一見すれば屈託なく笑う少女のようでいて、時折見かけよりもずっと大人びた表情を見せる彼女の人物像はどうにも掴みにくい。外見の印象に引きずられていると、気づかないうちに足元を掬われてしまいそうで、ある意味油断のならない人物に思えた。

「ヤムは魔法オタクだしシャルは剣術バカだから、お互い譲れないみたいなんですよね」
「心を傾けられる何かがあるというのは素敵なことだと思いますが……」
「周りを巻き込んで喧嘩するのはやめてほしいですよねー」
「……そうおっしゃるわりには、この状況を楽しんでおられますよね?」
「あは、バレちゃいました? それよりエルハームさん、たぶんそろそろ究極の選択を突きつけられますよ」
「……はい?」

 どういうことですかと問うよりも、言い争っていた二人がこちらを振り向いて叫ぶ方が早く、おかげで瞬時に私はその意味を理解することになる。

「どっちが優れてると思う!?」

 二人の声は綺麗に揃っている。心を傾ける先が違うというだけで、この二人、似た者同士には違いない。

「……ええと」
「剣術だよな!?」
「魔法よね!?」
「あー……その、ええと……どちらも同じくらい優れているというのは……」
「却下!!」

 ぴたりと揃う返答に、また喧嘩が始まる。「真似するんじゃねえよ!」「そっちこそ!」と終わりが見えないやりとりに、ピスティ様がやれやれと肩を竦めた。

「だいたいねえ! なんでアンタがエルさんに馴れ馴れしく口利いてんのよ!!」
「エルハームさんがそうして良いって言ったんだよ!! なあエルハームさん!」
「ええ、まあ、そうですね」
「ほらな! つーかお前だって馴れ馴れしくしてただろ!?」
「私は良いのよ、初めてちゃんとお話した日に、お互い余所余所しいのはナシにしたんだから! ね!」
「う、うん…そうだね」
「なっ何ぃ…!?」

 何が悔しいのか歯軋りするシャルルカン様は、「俺にも敬語ナシで!」と叫んでいる。魔法か剣術かだけでなく、あらゆることで張り合っているのだろうか。私との会話が余所余所しいかどうかなど、張り合うにはあまりにも下らないことだろうに、お互いムキになる様子は子供さながらだ。ふう、と溜息をつくピスティ様のほうが見かけは幼いのに余程大人びて見える。

「エルさん、このバカの言うことは無視していいわよ。確かにこのバカに敬語遣う必要なんてないとは思うけど、敬語を外したら外したで調子に乗るわ」
「調子に乗ってんのはそっちだろーが!」
「なんですって!?」

 嗚呼、私の手には負えなさそうだ。
 諦観していると、ピスティ様が二人と私を交互に見て笑った。

「すっかり懐かれたみたいですねーエルハームさん」
「懐…?」
「だってなんだか、近所のお姉ちゃんを取り合うちびっ子みたい」
「………。二人とももうそんな歳じゃあないでしょう……」

140714
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