じわり沁みる青


「それじゃ早速だけど…いくつか質問させてね」

 きらりと青い目が光ったのを見て、初めてヤムライハと会話した日のことを思い出す。魔法の話になると驚くほど熱くなって息をすることさえも忘れたような速さで語り始める様に、私はただただ呆気にとられたのだった。
 ひょっとして今回もそうなるのではと少しばかり身構えるものの、今のところは彼女自身も自制しようと努めているようで、二、三深呼吸をしてからゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。

「まずはそうね……得意分野は何魔法なのかしら」
「………ええと」

 のっけから返答に窮してしまった。
 私の得意分野とは何かと訊かれてもぴんとこない。今まで、得意・不得意などあまり気にしてこなかったのである。考えるべきは実戦で使い物になるかどうかであって、実用性が見込まれるならば得手も不得手も無く習得する。そういう風に教えられてきたのだ。
 ヤムライハは、答えつまる私を不思議そうに見つめた。

「風魔法じゃないの?」
「風魔法は……どうだろう、得意と思ったことはない気がする」

 今でこそよく使う風魔法ではあるが、使えるようになるまでに他の型の魔法よりも随分時間がかかった覚えがある。もしも私の得意分野であるならばもっと短い期間で習得出来ただろうから、私の得意分野は風魔法ではない。
 しかし、だとするならば、最も習得までに要した時間が短かったものが私の得意分野ということになる。けれども、さすがにそこまでは覚えていなかった。風魔法の習得に時間がかかったことを覚えているのは、その不出来さ故に何度も罰を受けたからで、むしろその罰のほうがハッキリと記憶の中に居座っているくらいなのだ。
 ヤムライハは風魔法が私の得意分野だと思っていたようで──そういえば以前もそのようなことを言っていた──心底意外そうに私を見る。私は「どちらかといえば苦手だったんだと思う」と続けながら、我ながら他人事めいていると苦笑した。

「私には得意分野が無いのかもしれないね」
「まさか! 必ず何かあるはずよ。思いつくことはない? 例えば……熱魔法はいつも調子が良いとか、水魔法は楽しいとか……」
「……そうだな、」

 それならば、一つだけ思い当たるものがあった。

「雷魔法が扱いやすいかな」

 おそらく私が最も気楽に出来る魔法であるし、新しい魔法を考える時も案が浮かびやすいのも雷魔法である。それが私の得意分野だからとするならば、納得のいく話だ。
 予想外だというように目を丸くしたヤムライハは、しかしすぐにその目を細めた。「……そう、」口元はゆるく笑んで、喜んでいるように見える。

「エルさんは雷魔法が得意なのね」

 私の得意分野が雷魔法だということに、なぜ彼女がこうも嬉しそうにするのだろう。まるで分からない。困惑が顔に出てしまったのか、ヤムライハはくすくすと声を漏らした。

「王様が最初に攻略した迷宮のジンは──」

 みなまで言われずとも、それで察しがついた。シンドバッドが初めて攻略した第1迷宮バアル。そのジンの力によって発現するのは雷魔法であり、私の得意分野が雷魔法であるなら相性はとても良い。と、そういうことが言いたいのだろう。
 しかし、彼は七つもの迷宮を攻略しているのだ。私が何魔法に長けていようと、同じことのようにも思う。それでもヤムライハに言わせれば、“最初”に契約したジンの能力とはすなわちシンドバッドに最も馴染んでいる魔法であって、それと私の得意な魔法の型が合致することは、まさしく運命、大いなるルフのお導き。……らしい。
 語るヤムライハは楽しそうだし、その周りを飛び交うルフもまた楽しそうに見えて、釈然としないところはあれど微笑ましい光景ではあった。彼女は表情をそのままに、話を先へ進める。

「雷魔法が得意なら、風魔法が苦手だったのも頷けるわ。相性がイマイチだもの」
「まあ、確かにそうだね。ぶつければ相殺する魔法だし…」
「だけど、エルさんの風魔法を見る限りでは不得意そうに見えないのよね。苦手なんてもう無いも同然なんじゃない?」
「まさか。命魔法はからきしだよ」

 雷魔法と相性が良い魔導士は、命魔法とも相性が良い。そのような法則があった気がするけれども、どうやら私にはその法則が当てはまらないらしかった。私は命魔法など一つも使えないのだ。
 それには、師から教えられなかったというのが一因にある。しかし、師が私の元を滅多に訪れなくなってからこそこそと練習し、それでも成功しなかったことを踏まえれば、主たる原因は間違いなく私自身にあるのだろう。
 命魔法といえば、治癒魔法などがここに分類される。私はそれを全く使えるようにならず、一方で攻撃的な魔法は順調に上達していった。治癒魔法が命魔法の全てではないことを理解してはいても、私には他人のための優しい魔法は使えないと思い知るには十分すぎた。
 束の間の沈黙が生まれる。開け放たれた窓の外からは、鳥の羽ばたきが聞こえた。力強い音。ややあって、ヤムライハは優しく微笑んで私の手をとった。

「一緒に練習しましょう。相性は良いはずだもの、きっと出来るようになるわよ」
「そうかな」
「そうよ! 相性が良くない風魔法も使いこなせるんだから、相性が良い魔法が使えない道理はないわ!」
「……そうだといいけど」
「もう! そんな気持ちで練習したら、出来ることも出来ないわよ。もっと前向きに! ね?」

 なるほど、一理あるかもしれないと私は思った。今まで命魔法を試みたときの、私の心情。それが出来に影響していた可能性はある。心情はそのままルフに伝わってしまうのだ。納得する私に、ヤムライハは安心したように笑った。

140710
- ナノ -