息が、つまる、感覚


 ひとしきり泣いたあと、私が落ち着くのを待って、ユナンはゆっくりと話し始めた。

「君には、この鳥が見えているね?」

 ユナンの細い指に、光る鳥がとまった。私以外の誰にも見えなかったあの鳥だ。どくどくと心臓が騒ぎ出した。

「見える……小さい頃からずっと見えるよ。でも他の人には見えないみたいだった。これは一体なに?」
「これは、ルフ」
「ルフ……?」
「そう。ルフは、人の肉体が土に還るように、魂が還るところ。世界の魂を繋ぐ“世界の血潮”…。ルフの導きを、“運命”と呼ぶんだ」
「……よくわからない」
「ルフは、誰にでもある。だけど、誰にでもは見えない」
「私にはどうして見えるの」
「君がみんなと違うから……。君が、魔法使いだからだよ」

 次々と飛び出す摩訶不思議な言葉に、私の頭にパニックになりそうだった。途中で敬語を忘れていることに気付いたが、今更取り繕ってもしかたがない。それよりも、私が魔法使いだなんて信じられない気持ちでいっぱいいっぱいだった。だって私は、光る鳥が見えること以外は、全く普通の人間なのだから。

「見たところマゴイの量も多いみたいだし、良い魔法使いになれると思うよ」
「マゴイ?」
「ああ、うん、マゴイ──魔力はね、ルフが生み出すエネルギーのことだよ。あらゆる自然現象をひき起こしているんだ。魔法使いはルフに命令式を与えることで魔法を使うけれど、魔力の量が多いほどより複雑な魔法を使えるんだよ」
「魔力は消費されるものなの?」
「うん。きちんと休めば回復するよ。…ただ、大量に使いすぎてしまったら自力では回復できなくなって、最悪の場合死んでしまうんだ」

 ユナンはまた悲しそうな顔をした。彼は色々なものに心を痛めるたちなのかもしれない。その悲痛な面持ちは、どこか神秘的だった。

「君はきっと優秀な魔法使いになれるだろうけれど、他人に心を砕きすぎて身を滅ぼすんじゃないかって気がするんだ」
「それは、魔法の使いすぎで魔力切れになるってこと?」
「それもあるし、それ以外も……。だから、ルフの流れに任せて、その時が来るまで魔法には触れないほうがいいのかもしれない」
「その時は、いつ来るの? 本当に来る?」
「わからない。それはきっとエルハーム次第だから……」
「……私次第」
「そう。君がどんな運命を選ぶのか…」

 運命を選ぶというのは、どうにもピンと来なかった。訊いてみようかと口を開いたとき、家の入り口からシンドバッドが顔を覗かせた。

「ユナン、エルとの話は終わった?」
「うん。だいたい終わったよ」
「じゃあ今度は俺がエルと話したいんだけど」
「ふふ、わかった。独り占めしてごめんよ」

 柔らかに微笑んでユナンが出て行き、入れ替わりに固い表情のシンドバッドが入ってくる。ここにシンドバッドが来るのは2ヶ月振りのことだ。言いたいことはたくさんあったはずなのに、なにから言えば良いのか分からない。「おかえり」とだけ言うと、シンドバッドは少し拍子抜けしたようで、やや間を置いて「…ただいま」と言った。

「…ユナンと何を話してたんだ?」
「みんなに見えない鳥の話」
「それって前に言ってたやつ?」
「うん。ユナンにも見えるって」

 私がみんなと違う。そう断言されたことは堪えないでもなかったが、あの不思議な鳥の正体が分かっただけで少しは気が軽くなったような気がした。私はみんなと違う、でも、シンドバッドはそれを理由に私から離れたりしないことを、知っているからかもしれない。
 しかしそんなことよりも、私は、シンドバッドの話が聞きたかった。

「ねえシン。今まで、どこで何をしていたの」
「……うん、今から話す。でもその前に……、俺がこの村を出てから2ヶ月経ってるって本当か」
「…? 本当だよ。だから聞いてるの。2ヶ月もどうしていたのって」

 がしがしと頭を掻いたシンドバッドが、ふと私の知るシンドバッドとは別人のように見えて、本当にシンドバッドなのか不安になった。だけど周りを飛ぶ光る鳥──ユナンはルフと呼んでいた──は、確かに彼のものだと思う。では、彼の雰囲気が違って見えるのは──なぜだろう?

「俺、迷宮に行ってたんだ」
「……それ、街で噂を聞いた。本当だったんだ」
「本当だよ。そして、攻略してきた。そしたら迷宮が消えて、何もなくなったんだけど…ってこれはあとでいいな。……俺は、迷宮に行ってからせいぜい数時間しか経ってないと思ってたんだ」
「…………」
「そんな目で見ないでくれよ! 本当なんだ」
「……疑ってるわけじゃないよ。ただ、信じられなくて」
「俺も信じられないよ…」

 事実、一番戸惑っているのは当事者の彼に違いない。なんと言ったらいいかわからなくて、口を噤んだ。シンドバッドも言葉を選んでいるふうで、沈黙が訪れる。
 少しの間があって、シンドバッドが口を開いた。

「こんなに帰りが遅くなるつもりはなかったんだ。ごめん、何も言わずに行って。それと……母さんのこと、ありがとう」

 シンドバッドの目は赤かった。だけど、それはきっとおあいこなんだろう。

「……エスラさんのことは、私だけじゃない、村のみんなが、エスラさんのために何かしたくてやったことだから。お礼を言われるようなことじゃないし……エスラさんは、私にとって本当のお母さんみたいな人だったから、だから」

 尻切れトンボに終わる言葉の意図は、きちんとシンドバッドに伝わっただろうか。伝わっているといいけれど。これ以上何か言おうとしたら、また泣いてしまいそうな気がした。
 シンドバッドは少しの間目を見開いて私を見つめていたかと思うと、急にくしゃりと顔を歪めて私を抱き締めた。突然のことに驚いて身を固くしたけれども、離してくれそうにない。それどころか、ぎゅうぎゅうと力いっぱいに締め付けられて少し痛いくらいだった。

140221 
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