ヤムライハが何回目だかの失恋をして落ち込んでいるとかで、今夜は励ます会をするからとピスティに引き摺られてやってきたのは、相変わらず雑然としたヤムライハの部屋だった。ここが一番気兼ねなく飲み明かすことが出来るかららしい。
「飲み明かすのは良いけど、明日の仕事に響いたら元も子もないんじゃない?」
「大丈夫だって! それに、このままヤムの心の傷が癒えなかったらそれこそ仕事に影響が出るよ」
「まあ、一理あるか…」
ヤムライハは私達が来る前からもう自棄酒を一人煽っていて、泣いているのか怒っているのか分からない口調でぶつぶつ何かを呟いている。そんな様子を見て断れるはずもなく、ピスティに促されるまま椅子に座り、酒杯を受け取った。
正直なところ、酒はあまり飲み慣れていない。酒の匂いがついてしまったり、万が一にでも酔ってしまったりすれば任務に支障が出るので、意図的に避けてきた飲み物だった。飲み慣れていないというよりも、飲んだこと自体ほぼないに等しい。飲みたいと思ったこともない。飲んだ自分がどうなるか分からないから、うっかり醜態を晒さないためにも、あまり飲まない方がいいかもしれない……などと考えているうちに、ピスティもヤムライハもどんどん酒を飲む。二人が酔った場合を想像しやはり私は飲むべきではないと結論づけ、しかし空気を読んで飲むふりをして誤魔化した。
「これでもう六連敗よ!?」
「元気出しなよヤム〜! その人とは縁がなかったと思ってさぁ」
「簡単に言わないでよぉ!」
バンと机を叩くヤムライハは既に酔いが回り始めているようで、少しだけ口調が辿々しい。励ますと言っていたピスティは、むしろ面白がっているようにすら見えた。ひょっとして、単に酒が飲みたかっただけなんじゃないの。なんて思っても、言わない。
「ヤムは美人なんだから、きっとすぐに良い人が見つかるよ。ね、エルさん」
「うん、そう思うよ。ヤムライハは優しい素敵な人だもの。好きなことに夢中になってるところなんて、とっても可愛いしね」
「うっ…エルさぁん…!」
「よしよし」
泣きついてきたヤムライハの背中をぽんぽんと叩いてあげれば、酔っているせいだろう、ぎゅうぎゅうと抱きついてきた。横でピスティが「きゃーエルさん男前!王様なんて目じゃないぞ!」とよく分からない茶々を入れている。別に私はシンドバッドと何かを競っているわけではないし、そもそもそれは誉め言葉と受け取って良いものなのだろうか。まあ気にしても仕方のないことかと独りごちた。
「もーいい、私エルさんと結婚する……」
「……気持ちだけ有り難く受け取っておくね」
しがみついたヤムライハが顔だけあげて真面目に言うものだから、ピスティは一瞬ぽかんとした後に笑い転げた。二人は酔っ払っていても私は素面なわけで、やや乗りについていけない。
「ヤムってばそれはちょっとダメだよー! エルさんには王様がいるんだから!」
「えっ」
「あっそうよね、ごめんなさい」
「待ってヤムライハ、納得しないで。ピスティも変なこと言わないで」
「えー変なことなんて言ってな……あっ、もしかして王様じゃなくてマスルールくん?」
「ええ!?そうなの!?」
「ちっがう!」
いつの間にか話がすり替わっている。手を叩いてケラケラ笑うピスティは、最早確信犯なのではないかと思えた。何しろこの金髪のオオカミ少女は、私とシンドバッドの仲を変に勘ぐっているようで、頻繁に尋ねてくるのである。勿論彼女の考えているようなことは全くないのでそう答えるのだけれども、納得がいっていない様子なのには気がついていた。ほろ酔いのところでこの話を持ち出せば私が口を割るという寸法だったのかもしれない。生憎、私は酒を飲んでいないので計画はご破綻である。
しかし、彼女達は酔っている。つまり、いつもの何倍もしつこく食い下がってくるのだった。
「ほらほら、正直に言っちゃおう? エルさんは王様のことどう思ってるの〜?」
「…尊敬してるよ。酒と女性にだらしがないのは玉に瑕だけれど、」
「ヤキモチだ!」
「違う」
「その点マスルールくんは、お酒強いし女誑しじゃないもんね。たぶん一途なタイプだよ」
「でも年下よ? エルさんの好みは年下なの?」
「いや、マスルールもそういうのじゃあないからね」
「えーつまんない」
ピスティは口を尖らせた。なんということだろう、存外彼女は酔っていないらしい。彼女のあどけない見かけに騙されてはいけないと再確認して、溜息を吐いた。
「つまらなくて結構です」
「わ、今のジャーファルさんにそっくり!」
「え」
「そうだ、ジャーファルさんは? ジャーファルさんとはどうなの?」
「どうもこうも……。あの人は私のことが嫌いでしょう?」
「えっ?」
私は客観的な事実を告げたつもりだったのに、ピスティは大袈裟な程目を丸くした。その意外な反応に面食らって、私も思わず目を丸くする。ピスティはじっと穴があくんじゃないかと思うくらいに私を見て、それから──ニヤリと笑った。
「ふーん、そうなんだ?」
随分と含みのある、引っかかる言い方だった。
「それ、どういう意味?」
「ふふふ〜秘密」
食い下がろうとしたとき、ずっと私にくっ付いていたヤムライハの体が急に重くなった。ぎょっとして慌てて支える。
彼女はなんだかぐったりとして──なんてことだ、寝ている。
「ね、ヤムの部屋で飲んで正解だったでしょ?」
ピスティはそう言ってウィンク一つ。嗚呼全く本当に、侮れない。
141003 二万打企画/香さん