最初の破滅はすばらしかった
 






「承太郎さん、これ使って下さい」

先にシャワーを浴びないのは彼の趣味だ。
1日を過ごしたままの体でベッドになだれ込み、互いの服を剥ぎ取っていざ、というところで彼はいつから用意していたのか、大きな羽枕の下から薄手のタオルと赤い紐を取り出した。美しい光沢のある布で出来た紐はどことなく和の風情があって、詳しくはないが着物を着付ける時に使うものかもしれない。
縛って欲しいという、彼のぶっ飛んだ性格からしてみれば比較的まともな要求かと思ったが、それにしては紐が短い。

「あなたのを挿れてから適当なタイミングで首を絞めるんですよ。首直じゃあ喉が潰れちまいそうだからタオルの上から。」
とんでもないことをさらりと口にして、体を起こした彼は赤い紐を俺の首にかけた。戯れるような手付きで緩く交差させ、絞める真似事をして見せる。
皮膚に軽く擦れるだけでも圧迫感があり、そのまま絞め殺されるんじゃあないかとひやりとした。この男ならやりかねないとどこかで思っているのかもしれない。

「…先生、」
「その先生って呼び方、その紐に似合いますよね。明治大正、江戸川乱歩の世界って感じだ。」
言いたい事は分からなくもなかったが、あの小説家の話の中でSMが行き過ぎて死んだってのが無かったか?
俺の戸惑いをよそに彼は腰を屈めて、何の躊躇も無く俺のモノを口に含んでいた。当然シャワーを浴びる前のものだが、彼はそれがいいらしいので何も言わない。
もうこうなってしまえば行き着くところまで行くしか無いのだ。諦めて溜め息を吐くと、外したヘアバンドの代わりに彼の長い前髪を掻き上げ、これが好きでたまらないとでも言うような恍惚の表情を眺める。細面の彼が精一杯口を広げて普通の日本人よりは長大らしい俺のモノを頬張る顔は冷静に見れば美しくはないのだろうが、その冷静さを奪うには十分な代物だ。欲望のまま腰を突き出して、うねる舌の絡まりと涙を浮かべる目元を堪能する。



「…っう、あ…」
「…は、…」
痩せた脚を抱え、俺達にしては珍しく正常位で彼の中へ押し入る。細い喉を反らして押し出されるような息を吐いた露伴はすぐに呼吸を落ち着かせると、期待するような視線を向けて来たが適当なタイミングってのはもう少し先だろう。枕元で主張する赤を今は無視して、同様に赤い唇に食らい付く。
いっぱいいっぱいに見えて意図的に的確に絡んで来る舌を前歯で掴まえ引き摺り出すと、強張るように厚みを増すのが分かる。それを逃がさないよう更に強く歯を立てると痛いのか気持ち良いのか両方か、押し潰した体がびくりと跳ねた。
噛み切るにはなかなか骨の折れそうな舌の筋っぽいような弾力はそういえば牛タンと同じだ、とどうでもいいような事を考えていると、みっともなく投げ出されていた脚で膝裏から尻にかけて撫でられた。そして腰に絡んで、そこを踵で蹴られる。噛んでいた舌を解放して見下ろすと、彼は痛むのか舌先をひらひらさせながら軽く顎を上げた。
やれやれ、俺は馬じゃあないんだぜ。動いて欲しいならもっと可愛げのある催促の仕方ってものがあるだろう、言っても無駄だって事は分かっているが。
浅く息を吐いて片膝を腰の下に押し込む。浮いた細い腰を掴んで一度奥まで押し込むと、その先の衝撃に備えてか彼の商売道具である指が顔の傍のシーツを掴んだ。結果放置していた赤い紐が引き寄せられたのは、偶然だということにしておく。


「っあ!あ、…っん、承、太郎さ…ッ、」
満遍なく中を擦るように腰を回しながらゆっくりと引き抜いて、限界までくれば一呼吸焦らしてから一気に角度を付けて突き入れる。自分は休みつつ相手を追い詰めるのに向いたリズムだ。我を忘れて溺れるには休符が多く、熱を冷ますには刺激が強い。
ばさばさと髪を振り乱す露伴は自分が何を要求したくて俺を呼んだのかもよく分かっていないらしい。もっと強く、なのか、イきたい、なのか、休ませろ、なのか。
見下ろせば彼の性器は限界寸前といった様子で、俺が体を揺する度一緒に揺れて薄い腹に先走りを撒き散らしている。片手でそれを胸まで伸ばすように擦り付け、ついでに行儀良く生え揃っている下生えを撫でてやるとそれのどこがよかったのか、彼は頭をベッドに押し付けながら顎先を天井に向けた。はっきりと浮いた喉仏が上下して、息を飲んだのが分かる。
それを見て俺は今日の宿題を思い出し、枕元のタオルを取って晒された筋っぽい首に巻き付けた。途端奥まで入り込んでいた俺の根元がきつく絞られ、のけ反っていた顔がこちらへ向けられる。涙の溜まった赤い目元に浮かぶのは恐怖でもなんでもない、期待だ。
全くこの男はどこまでも愚かだ。この先を想像して一度腰を突き上げてしまった俺の言えた事じゃないんだが。

ほどけそうなタオルを押さえるように赤い紐を回し、喉仏の下で交差させる。左右を持ち直して軽く引いてみたが、布の伸びしろかタオルの厚みか、まだ首への衝撃は無いらしい。
脅すというよりも焦らすつもりで何度か紐を引く素振りを見せるとその度に内壁が痙攣したみたいに締め付けてきて、それが気持ち良くて調子に乗って繰り返していると下から睨まれた。
機嫌を取るように瞼に唇を落とし、ゆっくりと、徐々に紐を引く。首より先にタオルに食い込み、手応えが変化する。更に力を込めると一気に喉から上の皮膚が赤みを増し、ぐ、とどこから漏れたのか分からないような音が絞めた喉の辺りから聞こえた。

「が…っ、あ゙、…ッ!」
腰に回された脚が蹴ってくるが、気にしていてはうっかり力加減を間違えてしまいそうだ。様子を見ながら本当に息が詰まりそうになる寸前に力を緩め、一息吸わせたらまた力を込める。
気持ち良いのか本能なのかは分からないが彼の性器は相変わらず勃起したままで、限界を訴えてびくびくと脈打っていた。
浜に打ち上げられた魚みたいに必死で空気を飲み込もうと口を開く様子は、見ているとこちらまで酸欠になったような気分になる。空気が足りない。海に潜って底に着いた時のように周囲の音が曖昧で、途方も無いような、世界から押し出されてしまったような、それでいて閉ざされたような、不安と安堵が入り乱れた覚束無い気分だ。くらくらして現実感がどこかへ行ってしまった。
締め付けてくる腸壁と全身の痙攣が激しくなってきて、あと少し力を込めてやれば達するのだろうと分かる。真っ赤な顔できつく眉を寄せ、強張った舌を突き出し涎を垂れ流している。その表情に、俺は確かに欲情した。このまま更に力を込めて、動脈も気管も押し潰して骨まで折ってやれば、彼も俺も今まで味わった事もないような快感を得られるんじゃないか。
今まで何度かは聞いた事のある骨が軋みへし折れる音を無意識に想像したところで、唐突に足りていなかった酸素が脳に回った。本当に死にそうな顔をしている露伴の顔を鮮明に映して、一気に紐から手を離す。
急に飛び込んで来た空気に驚いたらしい彼の気管は上手く役割を果たせなかったようで、腰を捻り体を丸めて激しく噎せ始めた。咳き込む度に強く締め付けられて俺は気持ち良かったが、達する寸前でいきなり苦しいだけの状況にされたのが不愉快だったらしく鋭く睨まれる。

「先生、」
そう睨まなくても、あんたの希望は叶えてやるつもりだ。首に絡まったタオルと紐を払い、うっすら紐の痕がついている首を鷲掴む。そのまま頭と首を固定するようにシーツに押し付け、握るように指先を首へ食い込ませた。やろうとしている事を理解したのか、彼は僅かに口の端を持ち上げて目を細めた。
力加減を変える度に手の中で細い骨や筋が僅かに身動ぎする。声帯の震えが喉仏から手のひらに伝わり、脈と熱が俺を侵食した。俺の手も同じ熱を持ち同じ脈を打っている。互いの皮膚と肉がどろどろに溶けて、混ざり合ってしまったようだ。
彼の首を支えにして体重をかけ、欲望のままに腰を揺する。きつく締められ過ぎて痛みを感じたが、それが快感だった。苦痛を共有している気になっているのかもしれない。首を掴む手にも痛みを感じてそちらを見てみると、生命の危機から逃れようとする本能か意思を持った拒絶か、彼の両手が皮膚を破るほどに食い込んでいた。赤くなった首にも更に赤く、掻き傷が出来ている。
その掻き傷に舌を這わせ、顎を伝い唾液にまみれた唇を塞ぐ。突き出した舌に歯を立てた瞬間、押し潰した体が一際大きく痙攣し、彼は達したようだった。
その瞬間の搾り取るような肉の蠢きに逆らわず、俺も彼の中に吐き出す。こんなことをやらかしておいて今更だが、気恥ずかしくなるような量だった。


ゆっくりと手から力を抜き、同化してしまったように思えていた首から離す。じっとりと汗ばんでいて、指先に残る感触と相まって酷く生々しい。紐の痕の上に、俺の手形が残っている。それに遮られた8本の掻き傷。
露伴は失神してしまったようで、今度は咳き込まなかった。呼吸の再開まで数秒、涙と汗と涎と鼻水で台無しになった作りのいい顔を眺める。首の傷と痕は仗助に治させるわけにもいかないだろう、暫くはハイネックを着て過ごすんだろうか。
軽い咳のような吐息が漏れて、細いが確かな呼吸が聞こえる。それに安堵すると同時、どこか期待を裏切られたような気がした。

恐ろしいのは、本当に殺してしまいそうで紐をほどいたわけではない、という事だ。逆だ。彼の脈が途切れるのをこの手で感じたいと思った。気管を握り潰す感触を知りたいと思った。
彼の詰まった浅い呼吸の音と、喉で潰れた声。それと確かに興奮して荒くなった俺の息と心音。それらが混ざったあの瞬間聞こえたものが破滅の音だったのなら、魅力的で当たり前だ。あの音を誰の耳にも聞こえるように出来たなら、そのあまりの素晴らしさに世界中の音楽家と楽器職人は自殺するだろう。

蚯蚓腫れだらけの右手で見た目より柔らかい露伴の髪を撫でながら、力加減を間違えてしまった場合の事を考える。有名漫画家を事の最中に絞め殺した妻子持ち海洋学者。スポーツ新聞なら一面だ。容疑は強姦殺人。合意の上だと主張したところで情状酌量すら無いだろう。
こんな馬鹿げた妄想を口にしたら、先生はなんて言うだろうか。なんとなく予想は出来るが。

低い唸り声が聞こえて視線を落とすと、濡れて束になった睫毛が震え、薄く目が開かれる。何度かの瞬きの後目が合って、薄く笑った口元が予想通りに動くのを見た。

「お互い一筆書いておきましょうか」

彼も破滅の音の美しさを知ったんだろう。








最初の破滅はすばらしかった
title:失青

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mr.nonameの消去さまの二十万打リクエストで書いていただきました!承露の絞首プレイ、最高のご褒美ですね。本当にありがとうございました!危ないことし合いながら興奮しまくってる承露は最低で最高ですね。頭おかしい感じがとてもツボです^^




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