※大学生設定
深夜2時にカタカタとパソコンを使用しながら明日の会議で使うスライドを作成していく。六畳一間の真新しいフローリングの上に乱雑に敷かれた茶色いカーペットはA4のコピー用紙で半分ほど白くなっている。私がカタカタと作業をしながらもたれかかっているベッドにはやる気のない男が携帯を指先で動かしながら寝転んでいる。
「…なあ、先輩知ってます?」
「何が」
若干イライラしながら答える。私が作成しているスライド、本当は彼の担当分野であったのに、どうして私が作成しているんだろう。
「人間の手ってほんまはめっちゃ汚いらしいんスわ」
「へえ」
「興味ないでしょ?」
「財前がこのスライド作ってくれるんなら興味持つかも」
生意気な後輩には目もくれず私は必死に手を動かす。何しろ明日の会議は12時からなのだ。今から全力で作って間に合うかどうかの資料を作成しているのだから、そんなつまらないうんちくに付き合っている暇は私にはない。というよりもなぜ私が彼の部屋で彼のパソコンを使って彼が担当のはずのスライドを作っているのか。意味がわからない。
「財前がやらないといけないものをどうして私がやっているのか」
恨み言のように言うと彼はベッドの上で喉を鳴らして笑う。手を止めて睨みながら後ろを振り向く。
「先輩がやりたいっていうから」
「言ってない!」
「あー大きい声出さんといて。隣に響く」
「…ごめん」
素直に謝るとまた彼はおかしそうに目を細めて笑った。赤くなりそうな顔を見せまいと私はまたパソコンに向かった。
財前はかっこいい。たぶん、サークルの中で一番。2年の時に財前が新入生としてサークルに入ってきた時、その顔立ちに目を奪われてしまったほどである。一生関わりのないようなイケメンと私がこうして一緒にスライドを作成するまでになったのは、新入生歓迎会という名の飲み会の時に酔った私を財前が介抱してくれたことから始まる。あの時は未成年だった財前に迷惑をかけまくった。あの後謝ったら財前が「先輩の顔ぶっさいくでしたわ」と笑いながら言ってきた。それもきっかけとなり私たちは仲良くなっていった。
財前はどうかわからないけれど、私は財前のことが好きだ。彼の仕草1つ1つに私は目を奪われてしまうのだ。
「先輩」
「なに」
「そこ、誤字」
「え!どこ?」
目で文を追うがどこかわからない。すると顔の横にすらっと長い手が伸びてディスプレイを指さす。
「ここ」
肌寒くなってきた季節だからか耳のすぐ傍にある腕から温もりを感じる。この長い腕で抱きしめられたいと何度思っただろう。
「ああ、そこ。ありがとう」
「先輩」
耳元で呼ばれる。肩が少しこわばった。気づかれているかもしれない。
「緊張してんの?」
「そんなわけないでしょ!」
睨みつけるように彼に向かって言うけれど、上ずる声は説得力をなさない。ああこんな風に強く否定したい訳じゃないのに。
「」
「っ、別になんともない」
「ほんまに?」
「ほんとに」
彼の方は一切振り向かないで口数少なくそう言うと、鎖骨の回りに蛇のように腕がからみついてきた。
「な、何?」
「緊張してるやん」
「っ…してない!」
少し裏返りそうになる声で否定をしてもわかりきっている。もうダメだ、ダメだ。ばれてしまう。好きだって。この関係がこのままじゃなくなってしまう。
「じゃあこのままスライドの続きして」
「え…?」
「緊張してないんやろ?出来るよな?」
人を試すように財前が言う。キーボートに手を置く。少し手が震えていることに、気づきませんように。
「…先輩」
「今、忙しいから」
「嘘つかんでも」
「嘘じゃない」
「さっきから同じとこ何回も打ってんのに?」
「え!」
確認するとディスプレイには同じ内容が二度ずつ繰り返されていた。財前がクスクスと頭の後ろで笑う。
「っ…ふざけないで!こんなことしてたら間に合わない!」
腕を振り払おうと手でつかむが、強い力で抱きしめられて外れない。
「先輩に今日、言わなあかんことあるんやけど」
「な、何?いやなこと?」
「先輩の返答次第。言うで」
「え、待っ」
「俺先輩のことめっちゃ好き。以上」
驚いて拘束されたまま財前の方を振り向こうとするけど財前の顔がすぐ近くにあって振り向けない。
「今振り向かんといて」
「え、なんで?」
「俺顔めっちゃ赤いし」
財前が私の首あたりに顔をうずめた。
「返事は」
「わ、私も…財前のこと好き」
「…知ってるけど」
財前はそう言うと左手で私の顎を持って左を向かせ、何も聞かずに私の唇にキスをした。触れるだけのキスをしたらそのまま私の頬に唇を寄せた。
「ざ、いぜんっ…」
「…先輩可愛すぎ」
真っ赤な顔をした財前が笑いながらまた私の唇にキスをした。