冷めきった彼の手に私の手を重ねさせるのはとても単純で簡単なこと。だけどそれをしたらいつもと一緒になってしまう。また柳は私と離れられなくなってしまうのだ。私が1人では生きていけない弱虫だというのを柳は知っているから嫌でも私から離れられない。それを私は頭ではわかっているのに、柳を解放してあげなければならないと思っているのに、どうしても行動に移せないでいた。柳に離れてほしくなかったから。だから私は柳の前でわざとらしく泣く。柳がいないと駄目なの、なんて言いながら。それに対して柳は「大丈夫だ、離れない。ずっと傍にいる」なんて言ってくれる。私はそれに安心感を覚える。でもいつかは離さないといけないのだ、この手を。そのいつかが来ないことをずっと願ってた。でも案外早く来てしまうもので、今私の目の前には柳の手が差し出されている。この手に縋れば、柳はきっと二度と私から離れない。でもそれは柳にとっての幸せなのだろうか。きっとそれは違う。

「どうした」
「‥‥‥」

離れなければいけない。柳を私から、柳を解放してあげなければならない。

「1人で、大丈夫だから」
「何言ってる。ほら」
「‥‥好きな人が出来た、私」


柳の手が微かに震えた。好きな人なんて嘘。私はずっと柳が好きだった、それはもう昔から。柳が私を支えてくれるずっと前から好きだった。

「嘘を言うな」
「嘘じゃない」
「俺は必要ないと言うのか」

私はその言葉にこくんと頷いた。柳は何も言わないでその場から立ち去った。私は1人で立ち上がって1人で家まで帰った。柳がいない帰路なんて初めてだった。


私はそれから3日間学校を休んだ。担任からは来るようにとの電話が掛かってきたらしいが無視した。明日からは学校に行こうと思うのだが行く気になれないのだ。1人であの学校に行く気がしない。改めて私には柳が必要なんだ、なんて思ったけど連絡は出来ない。柳から何回か電話が来ていたけど全て出なかった。ベッドの上、枕に顔を埋めた。あれで良かったのだ。柳にはあれが正解であってあのまま私とずっと一緒にいたらいけなかった。

コンコンとドアが二回ノックされた。私の名前を呼ぶ声は母だった。

「まだ寝てるの?」
「‥起きてる」
「そう。じゃあ上がってもらうわね」
「誰に?」
「柳くんに決まってるでしょ」

母はそう言うとどうぞ、なんてよそ行きの声で柳を呼んだ。私は拒否の言葉を述べたが意味はなく、柳はすんなりと私の部屋に入って来た。母は買い物に行くらしく家には柳と私だけになった。私は布団を頭まで被った。

「なんで来たの」
「お前が学校を休んでいると聞いたからだ」
「そんなことじゃない」

やっと私から離れられて嬉しいはずなのに、なんで自らこんな奴の所になんて。

「お前は間違っている」

柳はそう言うとベッドの近くまで来て私の布団を剥いだ。

「やめ、」
「俺がお前と一緒にいたのはお前が弱いからなんかじゃない」

私は柳に視線を合わせた。

「俺はそんな優しい人間なんかじゃない」

柳はそう言うと寝たままの私の背中に手を当てて私を座らせた。


「お前に好意を持ってないと俺はここまでしない」

私は柳の首に手を回して抱きついた。「私も好き」と小さく言うと柳は私の背中に回していた手で強く私を抱き締めてくれた。そして少し離れてお互いを見つめる。柳の手が私の頬に当てられた。近付いてくる顔、目をゆっくりと綴じる。ぎこちなく唇が触れた。

ためらいがちに


次の日から私は学校に行くことにした。柳の朝練の時間に合わせて起きてまた2人で登校する。今度は辛くなんかない。


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