放課後の教室で私と柳は2人だけだった。日直だから、とかそういうのじゃなくて柳が教室に1人残っていたから私も残った。柳と一緒にいたかったから。斜め前の席に座っている柳は今日出された数学の課題をやっていた。私はと言うとちらちらと柳の方を見ながら携帯をカタカタと動かすだけ。私達以外に誰もいない教室はやけに広かった。私は携帯を閉じた。すると柳がふとこちらを向いた。
「帰るのか」
私は驚いたが動揺を隠して横に首を振った。柳は課題を進めていく手を止めて、私の前の席に座った。急に近くなった距離。
「‥唐突に問うが」
「何?」
「お前は幸村を知っているか?」
幸村、テニス部の?と聞くと“ああ”と返って来た。勿論私は幸村くんを知っているので首を縦に振った。でもその幸村くんがどうしたと言うのだろう。
「お前に彼氏がいないことは俺のデータによって導き出されてる」
「そうだけど、私のデータなんてあるの?」
「興味を持った物はデータを取る癖があってな」
すまない、と柳は言った。柳が私のデータを取ってるなんて驚いた。そして柳は私を“興味を持った物”と言っていた。
「そ、そうなんだ」
もしかして柳は私が好きなのかも知れない。それなら嬉しい。だって私はずっと柳が好きだった。それはきっと柳も気付いてる。時折私の視線に気付いては微笑みかけてくれていたから。
「あの、柳、私」
「お前と精市は良く似合っている」
「‥えっ?」
「お似合いだと、そう言った」
柳はそう言って私に紙を渡した。何これ、と言うと幸村くんのアドレスだと言っていた。渡して欲しいと言われたんだ、と付け足して。ぐるぐるぐるぐる頭で言葉が回る。私は柳が好きで、きっと柳も気付いてて、でも幸村くんは私にアドレスをくれて。
「‥柳、本気で言ってる?」
「俺は嘘はつかない」
「私の気持ち、知ってるよね?」
柳は私から目を逸らした。どうして、と聞いても何も言わなかった。私は柳が好きで、柳もそれに気付いてた。視線が絡む度に柳は私に微笑み掛けてくれていた。なのに今は私の目を見ようとしない。
「‥もういい」
鞄を持って教室を出た。本当は私も気付いてた。もしかしたらなんかじゃなくて、柳も私が好きだった。あの教室の中、柳も私も恋をしていた。でも、私が教室の方を向くことも柳が追い掛けてくることもなかった。
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緩やかに、恋情様に提出
参加させてもらえて嬉しい限りです。