玄関前で私に気付いた蔵之介が笑顔でこちらに向かって手を振っている。どういう顔をしたらいいのかわからなくて、苦笑いでそれに応える。
「謙也と帰ってきたん?」
「あ…うん。蔵之介は、彼女と?」
別に聞きたくもないのに、自然と彼女の話題を振ってしまう。
聞きたくないようで聞きたい。知りたくないようで知りたい。
「いや、今日はあの後委員会の用事あって、寂しく1人帰宅」
そう言って蔵之介はにやりと笑って私を見る。
「謙也ええ奴やろ?」
「うん。あと…蔵之介がこれから彼女と帰るかもしれないからって部活が終わった後は一緒に帰ろうって言ってくれた」
私がそういうと蔵之介は一瞬驚いたような顔をして、くくくと笑い声を漏らした。
「へぇーそんなん言うたんやあいつ」
蔵之介が私の頭をぽんぽんと叩き、嬉しそうな顔をする。忍足と私が一緒に帰ることになったことがそんなに嬉しいのかと内心悲しい。少しでも寂しがってほしくてあえて言ったのに、そんな反応をされると胸が苦しい。蔵之介は私のことただの幼馴染としてしか見てなかったかもしれないけど、私は好きだった。今でも好き。この笑顔を見ると幸せな気持ちになる。だけど、今は苦しい。
「名前も俺から巣立っていく日がきたんやなー」
うんうんと自分の言葉に頷く蔵之介を見ながら、私はその意味を考えていた。
「謙也にやったら名前のこと任せられるわ」
え、と声が漏れる。満足そうにそういうと蔵之介は"また明日"と言い家の中に入って行った。
なんで私は好きな人に他の誰かを勧められるようなことを言われているんだろう。なんで、なんでと頭の中で繰り返す。
「…なんで蔵之介がそんなこと言うの」
もう誰もいないそこに向かって言っても、返ってくる返事はなかった。