「落ち着いた?」
「…うん、ありがとう」
忍足は私から離れて私の頭をぽんぽんと叩いた。
「ほな帰ろう。俺送るわ」
忍足が私を促して歩き出す。私もそれにつられて靴箱の方へ向かう。
友達の幼馴染が泣いてるからって慰めてくれて、送ってくれるという忍足は本当に優しいと思う。
靴箱の前について、忍足は2組の方へ靴を取りに行って、すぐに7組の私の靴箱の前まで来てくれた。
「忍足早いね」
「浪速のスピードスターて呼ばれてんねん俺!なかなかやろ」
「うん」
笑顔の忍足に自然と顔が綻ぶ。
「私が7組ってよくわかったね。2組と7組って靴箱の場所違うのに」
「え…あー。ユウジと小春8組で、たまに7組の近く通るから覚えたっていうか…」
いつもより歯切れ悪い忍足に私はこの人案外周りを見るタイプなんだなと思った。だから教室の前で固まる私に話しかけてくれたのかもしれない。
蔵之介と同じテニス部で彼と同じクラスの忍足とは、蔵之介を迎えに教室に行く時にたまに話す程度で、そんなにじっくり話したことはなかったけど、忍足の人見知りしない性格のおかげか、会話が途切れることもなく家までの道を歩く。
蔵之介以外の男の人と関わったことはあまりなかったから、忍足と話すのも一緒に帰るのも私にとって新鮮だった。
「あ、もうここで良いよ。ありがとう」
家の近くの公園の前で忍足にそう言う。私の方を見て足を止めた忍足はうーんと考え込むように公園に目を向けた。
「忍足?」
「あのさ、嫌じゃなかったらやねんけど、明日から時間合えば一緒に帰らへん?」
正直言って驚いた。忍足はさっきまでの会話で家が学校の近くあると言っていたから。わざわざ遠回りをして私のことを送ってくれるなんて、忍足は何を考えているんだろう。私が目の前で失恋したから?それとも…。
「別に断っても気にせんから!あー今の無し!すまん!忘れて!」
何も答えない私に恐らく返事に困っていると推測した忍足が慌てたように言う。
その様子に笑ってしまう。忍足と蔵之介が中良い理由がわかった気がする。この人本当に優しい。これから私は蔵之介と一緒に帰ることがなくなるから、その代わりに自分と一緒に帰ろうと言ってくれてるのだろう。
「…迷惑にならない?家、遠回りでしょ?」
「え!いやそんなん気にせえへんっちゅー話や」
やった、と小さく聞こえた気がしたけど、それは流石に思い上がりだろう。
「じゃあ部活が休みの日は教室まで迎えに行くから!ほな俺帰るわ!苗字気をつけてな!」
「うん、ありがとう。忍足もね」
私が最後の言葉を言い切る前に忍足は学校方面に走っていった。やっぱり速い。
1人になった私は重い足取りで家まで帰る。忍足に家まで送ってもらえばよかったと思ったけどもう遅い。蔵之介と今からどういう風に接すればいいんだろう。今まで通りでいいんだろうけど、蔵之介に恋してなかった時間が知り合ってから今までないから、どうしたらいいのかわからない。
家の前でばったり蔵之介と会いませんように。
「あ!名前も今帰ったんか」
世界で一番大好きで、今世界で一番会いたくない人の声がした。