隣に住んでる蓮二のことが昔は嫌いだった。蓮二が引っ越してくるまでは私が何をしても一番で、「名前ちゃんの将来が楽しみね」なんて言われるのは私だったのに、いつのまにかそれは名前ちゃんから蓮二くんに代わってしまった。私のことなんて忘れ去るようにみんなは蓮二ばかり褒めて、私の親だって蓮二くんを見習いなさいねなんて言ってくる。悔しい。それなのに

「名前、弁当を忘れている」
「あ!ほんとだ!ちょっと待ってて」

何故か私達は蓮二が引っ越してきた小学5年生の時からずっと一緒に学校に通っている。始めは蓮二が困ってそうだから助けてあげないとという良い子の使命感だった。今はもう惰性。初めから蓮二は通学路を引っ越してすぐに覚えていて、私が連れて行くまでもなかったし。(調子に乗って別の道を通って帰ろうとしたら迷って、結局蓮二に連れて帰ってもらってお母さんに怒られた)
玄関に置きっ放しだったお弁当袋を取って蓮二の元へ戻る。後ろで「またあんたお弁当忘れてたの?しっかりしなさいよ」なんて声が聞こえたけど気にしない。

「玄関に忘れてたみたい」
「そうだろうなと思ったよ」

蓮二が私を見て優しく微笑む。この顔が私は苦手だ。ドキッとする。蓮二が何を考えてるのかわからなくて心臓がドクドクと早く動くのだ。「行こうか」と言い、蓮二はさりげなく車道側を歩き出す。こういう所はさすがキャーキャー言われてるだけあるなと思う。私がほんのちょっとだけおっちょこちょいだから、心配してるんだろうけど。

「お母さんが蓮二のことまた褒めてたよ。頭も良くてスポーツも出来るなんて将来は何になるのかしらって」
「ははは。俺はそんな優秀ではないよ」
「うわ〜なんか嫌味っぽい」

そう言うと蓮二はまた笑った。蓮二は優秀で、私はいつのまにか普通の子になってて、どんどん差が離れていく。追いついたと思った時にはもうずっと先にいる。悔しい。
その後はいつものように他愛ない話をしながら学校に着き、いつものように教室まで蓮二が送り届けてくれて、そこでまたねと解散。蓮二はこの行いの所為で小学校から今までずっと私の彼氏だと思われてる。その度に私が否定してあげてるけど、本人は気にしていないみたい。たまに部活が休みの日の放課後に教室まで私のことを迎えに来ては「名前の旦那が教室に迎えに来てる」と冷やかされるのを私は必死に否定してるけど蓮二はいつも傍で笑ってるだけ。蓮二が否定しない所為でもう私達は校内で有名なカップルになってしまってる。迷惑な話だ。


「おはよう苗字。お前達ほんと付き合ってないのかよ〜朝練ない時絶対一緒に来てるじゃん」
「おはよう丸井くん。ありえないから安心して」

同じクラスの丸井くんは蓮二と同じテニス部で、こうやってよく話しかけてくれる。丸井くんの話によるとテニス部内でも蓮二の彼女の話は有名らしく、それを蓮二も全く否定しないから部内で私は公認の彼女ということになっているらしい。丸井くんと仲良くなったのも同じクラスになった時に蓮二の彼女だと勘違いして話しかけてくれたのがきっかけだった。本当にこれも迷惑な話である。

「てかお前あれ大丈夫なの?」
「あれって何?」
「知らないのかよ!柳がこの前の日曜綺麗な女の人と一緒に歩いてるの見たって噂になっててさ、お前が浮気されてるんじゃないかとかもしかして本当にお前はただの幼馴染なだけであっちが彼女なんじゃないかとか言われてるの」
「綺麗な女の人?」
「誰かはしらねぇけどさ、これってお前が彼女じゃないなら柳に彼女が出来たってことだろぃ?なんか柳から聞いてねぇの?」

柳から聞いてねぇの、何を?彼女が出来たってこと?そんなこと何も知らない、聞いてない。考えれば蓮二の恋の話なんてそう思えば一回も聞いたことなかった。私は昔から好きになった相手には何故か避けられるようになってしまってその度蓮二に相談にのってもらってもらってたけど、蓮二が私に相談をしてくることはなかった。なんだか悔しくて胸が苦しい。蓮二に彼女が出てたなんて知らなかった。私は蓮二の所為で彼氏どころか告白すらされたことないのに蓮二に彼女がいるなんて。
丸井くんの話が頭から離れず、今日はずっと蓮二のことを考えてしまった。しかも、授業が頭に入ってこなくて、ぼーっとしてると先生に注意されてしまった。

放課後、いつもは友達と帰りながら寄り道したりするのだけど、今日はそんな気分になれずそのまま家に帰ってベッドに倒れ込んだ。カーテンの隙間から見える蓮二の部屋は真っ暗でまだ蓮二が帰ってないことがわかる。はぁーっと長い溜息を吐く。なんで蓮二は彼女が出来たことを私に言ってくれなかったんだろう。私が色々聞いちゃうから?それとも他に理由があって?胸が苦しい。もう蓮二のことなんて嫌い。また嫌いになる。一緒に学校行ってあげない。話してもあげない。おめでとうなんて死んでも言ってあげない。



「…ろ。名前、そろそろ起きろ」
「ん…え!蓮二?」

耳元で聞こえる蓮二の声にびっくりして飛び起きる。頭がぶつかりそうだったけどそうなりそうな事は計算済みだったのかそんなこともなかった。私はいつの間にか寝てたみたいで時計を見るとあれから2時間程経っていた。


「な、なんで蓮二がいるの?!」
「丸井からお前の様子が変だったと聞いてな。部活が早く終わったのでおばさんに言って上がらせてもらったよ」

お母さんは年頃の娘の部屋に男が入っても大丈夫なのか?と思ったけどそれは娘より信頼してる幼馴染の蓮二だから安心してのことなんだろう。今日は蓮二に会いたくなかったのに。こんな時は幼馴染が嫌になる。

「どうしたんだ。何かあったのか」
「なんでもないよ。ちょっと疲れてただけ」

蓮二に彼女が出来た所為で悔しさで胸が苦しいのなんて言えないので誤魔化すと蓮二は私に目線の高さを合わせるように中腰になった。

「お前が嘘をついている確率は100%だ。薄情しろ」

そうだった。蓮二は私のことなら全部わかるんだった。なら私がこんな気持ちになっていることにも気付いているのかも。ムッと不貞腐れてそっぽを向く。

「蓮二彼女出来たんでしょ」
「…ん?」
「だから!彼女出来たんでしょ!」
「聞こえている。そんな事実はないから戸惑っていただけだ」
「…丸井くんが言ってたもん。日曜日に綺麗な女の人と歩いてるの見た子がいるって。なんで言ってくれなかったの?」

苦しい。泣きそうになるけどここで泣いたら負けだと思ってグッと歯を噛みしめる。

「日曜日か…。それは恐らく姉だ」

姉だという言葉が頭の中でぐるぐる回る。え、お姉さん…?ぽかんとしていると蓮二が私の頭の上に左手を置き、微笑んだ。

「安心したか?」

その言葉に素直に頷く。さっきまで苦しかったのに、蓮二の言葉に安心したのか胸の痛みが消える。頭の上にあった蓮二の手が退けられ、その手は私が座っているベッドの上に置かれた。

「私に何も言わずに彼女作るなんてダメだからね!」

キッと睨みながら言うと、蓮二は喉を鳴らすように笑う。

「お前が同意してくれないことには俺に彼女は出来ないからな」

え、どういうこと?と思いながら蓮二を見つめると、彼は私の顎を右手で上に上げ、唐突にキスをしてきた。

「なな、なな…」

驚きすぎて言葉に出なくてそのまま固まる。そんな姿を見て蓮二がまた笑う。何するの、と声を出そうとしたら口を塞がれた。

「いい加減待つのにも飽きたな。俺はお前が好きだ。お前以外とは付き合わないから安心しておけ」

蓮二はそう言うとそのまま立ち上がって「先に行くぞ」と部屋から出て行った。私は先程まで触れていた唇に手を当てる。初めてなのに嫌じゃなかった。心拍が速くなるのを感じつつ真っ赤に染まっていく顔を枕に埋めた。


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