ひかりが、ちかちかと明滅するのに合わせて何度か目を瞬かせる。どこを見ても光、ひかり、ヒカリ。人は宵闇に負けぬように明るく輝く火を、光を発明したと言うけれど、この時期のこれは少々やりすぎだ。駅前の辺りは眠りを知らないようにいつだって明るいけれど、それにしたって今の時期、この場所は光に溢れていっとう明るい。
白い息を吐きながら歩く。行先は決まっているのだから、迷うことはない。白い息は一瞬にして空気の中に溶け消える。ヒールの音を鳴らしながら、歩く。

「ねえ、ちょっとなまえちゃん」

背後の声を黙殺して歩みを進める。人がいっぱいで進みにくいったらありゃしない。なんだってこんな寒いのに人が多いんだ。こんな灯りの集合体のためだけに集まって、虫みたいに。そういえば、最近の照明には虫は寄ってこないらしい。この光がLEDかどうかは分からないけれど。そもそもこの気温で虫は飛んでないし。

「なまえちゃんてば」
「うるさい、」
「いや、呼んだのなまえちゃんじゃん」

こんな時期に、こんなとこさ集合してと軽薄に笑う男の足をいつもどおり踏みつけようか一瞬迷う。今は十二月、定禅寺通。そこから導き出されるのなんて簡単で。今の時期は有名なイルミネーションの時期だ。
大学生最後の冬、自由でいられるのは今が最後だからと理由をつけて呼び出した。まだ学生ではあっても、高校生の頃とは違う。二十という境は大きくて、入れる店の選択肢だって増えた。自由が利くお金も時間もある。あそこのバルの肉が食べたいから付き合え、と言えば及川は軽く了承してみせた。そんな簡単に会える場所にいるわけでもない癖に。
立ち止まって振り返ると、人ごみの中でも及川の長身は目立った。はぐれても私は見つけ出すことができるだろう。けれど、私が人ごみに紛れてもこいつは私を見つけ出せない。きっと。

「……ページェント、一緒に見たら縁切れるって言うから」
「あー、言うね確かに」

私の含みを入れた言葉を肯定するのが、いっそう腹が立つ。このイルミネーションにそういう噂があるのは本当だ。けれど、それは「カップルで見に行くと」という前提条件がある。間違っても縁きり神社みたいなものではない。しかし、この男はそれを否定しなかった。昔から散々言われてるから知ってるであろうその噂の、私の口にした誤り部分を訂正せずに。肯定したのだ。
そうして、歩き出そうと一歩踏み出した体が後ろに傾く。ずず、と踵が擦れる音。おかしいな、転ぶような路面の凍結なんてこの辺りはないはずなのに。まるでだれかに後ろ髪をひかれたみたいだ。本当に、物理的にそんな感じのことをされたのだけど。腕を掴まれただけで私は簡単に引き負ける。揺らいだ頭はとん、と受け止められる。

「……なまえちゃん、」
「なに。今すぐこの手を離せこの気色悪いシチュエーションをどうにかしろバカ」
「やだよぉ、せっかくカップルっぽいことしてるんだから」

落ちてくる声に、少しでも軽薄さが滲んでいたら良かったのに。そうしたら、遠慮なくこの腕を捩じり上げて、振り切ってやれるのに。降って売る声は、想像しているよりずっと穏やかで、ぬるい。

「なまえちゃん、ねえ、なまえちゃんはさ、そうでもしないと俺と縁切れないと思ってんの。こんな迷信に縋ってさ、」

無言。どこかのスピーカーからの陽気なアナウンスが癪に障る。どいつもこいつもこのぴかぴか如きに浮かれやがって。どうせこの男だって今までに何度かこの時期のこの場所に足を運んでるだろうに。
驕りやがって。別に、そんなのに願掛けしなくともいつか縁は緩やかに切れる。おさななじみ、とか親友、とかそういう強固なつながりではない、ただの腐れ縁なのだからいつか疎遠になって、自然と切れていくものだ。

「……それとも、そんなに俺との縁きりたかった?」

頭頂部にこつんと乗せられたのはこいつの額だろうか。尋ねてきた声はどこか情けない。馬鹿じゃないの。普段は飄々としてて、嫌われるのなんて、憎まれるのなんて怖くもなんともないような顔をしているくせに。
ふと視線を落として自分の毛先を見る。緩く波打ったパーマを当てた髪。今は自由だ。髪色だって、メイクだって服装だって。けれど夏場はそうじゃなかった。これからもそう、社会人になったら派手なファッションもメイクも自由にできなくなる。弁えた行動を求められるようになる。
お前は自分を飛べない生き物だと思っているが、遠い異国に飛び出してひとり戦うお前は、私よりよっぽど自由だ。黒髪を束ね、真っ黒なリクルートスーツ中で身を縮ませ、個性を埋没させんと、無難の道を進もうとする私より。お前はその自由を選べる強さを持っているのだ。
天才のように自由には飛べずとも、お前は飛び出す強さを持っている。
飛び出した先の世界は広くて、大きくて。そんな中に、かつての思い出の中に私は埋もれて見えなくなっていく。人ごみの中に私が消えたらお前が探せないように。お前が走って行く道に、私の道は交わらないのだ。

「やだよ、俺、なまえちゃんと縁切りたくない」

なのになんで、懇願にも似たようなことを言うのだろう。

眩い世界に照らされて、影の中に隠したいことも全部照らされるようで。周りは浮かれたカップルばっかりで。頭が痛い。雪まで降ってきた。馬鹿みたい。こんなお誂え向きなところでなにを三流ドラマみたいなやり取りなんかしてしまっているのだろう。
周りのことなんて気にもかけずに地球の裏側なんかに行くようなやつなのに、いつもはなんなくできるのに今に限ってこの手を振りほどけない。私も大概愚かだ。

「……知らない。全部、あんた次第でしょ」

そう、全部こいつ次第だ。私は私で生きていくし、こいつだって自分の生き方を曲げない。だったら、奔放な方が努力をするべきなんだ。思って、ひどく自分が矮小な人間に感じて気落ちする。まるで僻みでやっかみだ。でも、だって、一方的にこいつが私にしがみついている体にしないと私がなんだか惨めだ。ああ、これもまたつまらないプライド。全部捨てれればいいのに。

陽気なベルの音は、私たちには遠い。


あとがき

本誌に気が狂ってトウメイナユキとミユキと結晶を聴きながら書きました


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