※FHQ


 魔王の城には大々的に攫ってきた姫の他にももう一人、人間の女がいた。魔王の気まぐれで連れて来られたその娘は特別な力があるだとかそういった類の者ではない。それでも、彼女は魔王オイカワの花嫁と呼ばれている。

「ねーえ、なまえちゃん」
「ちょっと重い。あなた自分の図体鑑みて行動してよ」

魔族の領域に連れ去られて初めの内は怯えてばかりだったこの娘も常のこの気の抜けたような様子と、彼の配下からの扱いを目の当たりにして徐々にこの男の扱いを心得てきたらしい。今では手厳しく平手の一発もお見舞いすることを覚えた彼女に一応の主の奇行を訝っていた配下たちはずいぶんと好意的だ。
すっかり警戒を解く様なった娘の膝を枕に寝転がると、寝物語をせがむ。それが、魔王の日課だ。雪の深い村の出の彼女は多くの物語を知っているのだ。

「……知ってる?人間の世界で王様に殺されないために毎晩お話の一番いいところで止めてた女の話」
「今日の話ってそれ?」
「違うけど。ちょっと私に似てるでしょ」
「俺は君を殺す気なんてないよ」

 なまえの髪から花飾りを外してやろうと一度身体を起こしたオイカワはそう言って笑った。細工が絡んでしまわないように注意深く丁寧に外していくのは、この自分からの初めての贈り物を想定外に気に入ってくれたから。人の世界ではそこまで珍しくはないが自生しない色味の枯れない花に素直に驚いて、喜んだ顔が好ましく思えた。それを自ら壊すほど、愚かではないつもりだ。

「もし話がなくなって死ぬとしたら、それは俺の方だよ」

 退屈に殺されるか、勇者に倒された時かの、どちらか。

 雲の上を歩くような、そんな軽やかさの一切を殺ぎ落として囁かれる言葉の一つ一つがどこか身体の脆いところに突き立てられるような心地になまえは思わず息を飲む。普段の言動から忘れがちではあるが、オイカワは魔族ひいては闇の眷属を総べる王。凡そ人とは思えない魔性の美を持つことを、こうした瞬間に思い知らされるのだ。

「だから、さなまえちゃん」

俺が死ぬときはとっておきの話が聞きたいな。



140928
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