だだっ広い特別教室での授業なんてものは生徒にとっては大方最高の内職もしくは睡眠時間になるわけだ。そういう俺も、運動部の例に漏れず専ら睡眠派の人間である。三年生にもなると進路とかそういうものも考えなきゃいけないわけで、それぞれ運動部だろうが文化部だろうが大会が終わればだれもがその後に向けて動き始める。学校というのはたいてい運動部を基準としてスケジュールを組む傾向がある、だからIH予選さえ終わってしまえば三年生は進路の方にという具合の意識へシフトさせられていくのだ。しかしながら、文化部とか上の大会に勝ち進んだ奴らとか俺たちみたいにまだこの先も大会を控えてるやつらもいるのに。まあ、そんな悠長なこと言ってられないのが受験とかいうやつなのだろう。
 真面目なことに結構な前の方に座っている見知った背中を見遣った。俺は一応進学希望、そんでもってうちのマネージャー様は進学科とかいう大層なクラスに所属している。おかげでいくつか進学者向けということで授業が被ったりするのだ。田舎の私立にありがちな緩さでクラスにはちらほらと化粧したり髪を染めたりなんていうのもいるけれど、彼女の在籍してるクラスは毛ほどもそんな雰囲気はない。まあ、要はガリ勉と真面目な優等生の巣窟みたいなものでけっこう近寄りがたいクラスという印象だ。先生の言葉はとうにラリホー的なものになりつつあるので、本能に従うとしよう。正直なところ、彼女がいるからノートの心配がなくて寝てるなんて秘密だ。


「……いかわ、及川!起きろこの野郎!!」
「ったあああい!ちょっとなまえちゃんひどいよ!岩ちゃんじゃあるまいし!」
「あんたが取ってるのが日本史だったらそうなってたでしょうよ」
「うう、だからさあ」

 容赦のないノートと教科書での殴打に文字通り叩き起こされる。クラスの誰も起こしてくれなかったのか、と思うのと前の出口の方が近いのにわざわざ後ろの席の俺のこと気にしてくれてたんだというのが半々。そういえば四時間目だし、俺がこの後バレー部のメンバーと昼休みを過ごすことを考えて無視されたのかもしれない。彼女の行動に関しては慣れているというか予想されていたということだろうけれど。黙ってノートを差し出してくれるところは優しいのに。
 未だ机に噛り付いて問題集を開こうとしていた進学科の人がびっくりしてシャーペンを取り落としていたのに気づいてふと笑いが漏れる。鋭い殴打音と、多分初めて見たクラスメイトの一面と俺の悲鳴と、そんなところだろう。なにせ、普段の彼女の喋り声はとても静かで穏やかなのだから。テスト前に部活内で勉強会を催した際に英文を読んでいた時のように。あまり声を張り上げると、高すぎて不明瞭な言葉が出てくるからと部活の時は少し低い声で、いわばドスの効いた声をあげるのは多分彼女のクラスメイトは知らないのだきっと。

「まぁた夜更かし?それとも疲れてんの」
「だぁーってあの先生の授業念仏みたいなんだもん」
「ああ、そう。じゃあいっそ前くれば」
「何言ってんのなまえちゃん!高身長の及川さんが前の席になんか座ったら後ろの人が見えなくなっちゃうよ」

 ピースを決めながら言うと呆れたように顔を背けられた。言い訳がましいことを言った自覚はあるけれど、一応事実だ。

「さて、早くしないと昼休み終わっちゃうね。岩ちゃんに怒られちゃう」
「……あ、私先生に呼ばれてるから。今日行けないわ」
「そうなの?分かった」

 そうして少し足早に教室を出て行った彼女の背中に、引き止めるようなことをして悪かったかなと思う。そして、それとは別の罪悪感もある。呼び出される理由に少なからず俺、そしてバレー部が関与していることくらい今日の昼の事を言ってきた時の様子でわかる。私立の進学科なんて旧帝大とか、超有名私立に入って何ぼだ。存続理由にして、宣伝材料。だから先生たちが彼女にさっさと引退しろと再三言っていることは想像に難くない。選手でなくてマネージャーなのだから尚更。

 引退してしまえば、辛うじて被っているこの授業くらいしか顔を合わせる機会はない。それが口惜しい、と思う。主将とマネージャーの関係が断ち切れてしまえばあまり無暗に話しかけるのも憚られる。そのまま卒業して別れる、それはなんだか寂しい気がする。つまりは、そういうことだ。

「難しいなあ、世知辛いってやつだねこれは」




あとがき
安定の尻切れ。甘さなどなかった。


140906
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