夏の蒸し暑さが迫って来ている。順調に不快指数を上げていく体育館の中でどこかべたつく腕を摩った。この時期が過ぎれば今年もまた去年以上の酷暑に見舞われるのかと思うと梅雨にも入っていないのに気が滅入ってくるようだ。ともかく、季節の変化速度が速すぎる。つい最近まで20℃弱を低空飛行していたはずじゃないか。
 もうそろそろ、熱中症の類に気をつけないと。一年生とか特に、と思ったところで果たして私は今年の夏どうするのだろうという疑問が浮かんだ。来週からは、IH予選が始まる。県予選を勝ち抜けて、全国に行ってそうしたらその先は?春高はどうしようか?だって、まだ私は引き継ぐべき人すら見つけていない。結局進路とかは?悶々と考え込んでいると、唸りを上げたボールが眼前を横切って行く。
 3年にもなって流れ球に当たるなんて無様じゃないか、危ない危ない。本日も相変わらずヤツの取り巻きは絶好調だ。そろそろ監督に頼み込んで締め出さなきゃ、でもいい加減金田一と国見も慣れたてきただろうから大丈夫かな。まあそれは置いておいて私がヘマするということは即ちそれらがザマァと少しばかりいい気になるかもしれない。それはちょっとムカつく

「なーに怖い顔してんの、なまえちゃん」
「あ?無駄口叩いてねえでさっさと行けよ主将」

 私の顔を覗き込んでへらへらと笑ってみせる及川の顔面をスコアボードで引っ叩きたい衝動に駆られる。いつものことなのだけれど。一応こいつは練習中にそんなことしないから珍しい。

「えーだって俺たちの勝利の女神が暗い顔してると士気が」
「はあ?大丈夫ついに岩泉にシバかれすぎて脳どっか傷めた?それとも早くも暑さでネジぶっ飛んだ?」

 そういうのはそこらにいる曰く、星の数ほどいる女子にでも言ってやればいいものを。あ、それじゃ宗教戦争になるかもしかして。大体こいつの調子がいいのは今に始まったことじゃあないし。本気にするだけ気疲れするのは目に見えているわけで。私がいろいろと考え込んでいる内に下校時刻が過ぎたらしい。ここからはもう部活のない生徒は帰宅しなければならない。IH予選の近い運動部はともかく、ギャラリーたちは強制退去のお時間だ。

「本気なんだけど、まあ他もそう思ってるよ。絶対ね」
「さようですか。それでは無駄口ばり語ってねえでとっとと戻りやがれください」

 なまえちゃんは今日も俺には優しくない、とかなんとか喚きながらサーブ練に取り掛かる。それと入れ替わりに寄って来た岩泉に何の話してたんだとか訊かれる。

「ねー岩泉、私って勝利の女神なの」
「……何だそりゃ」
「及川が言ってた。今さっき」
「あー、あー……」

 言った時は胡乱げだった表情が一気に呆れで塗りつぶされていく。ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き毟る岩泉を見てるといつか禿るんじゃないかと心配になる。もちろん原因はヤツだ。

「まあ、そうなんじゃねえの」
「えっ、否定してくれると思ってたのに」
「そういうもんじゃねえの、マネージャーって。つーか!俺に訊くなそんなん!及川ボゲェ!!」
 
 少し早口でそう捲し立てると、足早に練習に戻っていく岩泉の背中と、唐突に罵られてそれに喚き立てる及川とを見て呆然と立ち尽くす。
はあ、そっすか。そんなこと言われたら跡継ぎ探しにさらに苦労してしまうじゃないですか。男じゃダメな感じになるじゃないですか。一番今平和な選択肢だと思ってたのに。岩泉も結局そういうやつだったのかこの野郎。なんて思ったけれど少し嬉しい気がしないでもない。
ああいうのに時々そういわれる方が効果あるよねってことだ。別に方便と分かっていても多少は嬉しいのだけど。松川と花巻にまで訊いて回るのはなんだかバカらしいのでやらない。

「はぁ……じゃあ、女神サマがんばっちゃいますかねえ」

 まずは県予選の突破、その為に。







あとがき
これは一体どっちだ
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