「おう、なまえ」
 帰路の途中にあるコンビニの前。至極当たり前だという風に声をかけてきた声に怪訝そうに振り返るとなまえは目を瞠った。知った顔によく似たその人物がなまえには俄かに信じがたく、確かめるようにぎこちない様子で名を呼ぶ。
「リョーガに、いちゃん……?」
「久しぶりだな。……けっこうちいせえんだなお前」
「うるさい!成長期だし、来年くらいには絶対伸びてるから」
 ムキになって言い返すと久しぶりに顔を合わせた年上の幼馴染はにやりと笑う。見慣れた隣家の親父によく似た笑い方だというのに、それとは違った印象を与えてくる不思議さはなんなのだろうか。このまま喚いているのも何だ気恥ずかしくてこの話はこれでおしまいというようなそぶりを見せると、リョーガもまたこれ以上は何も言うつもりは無いようだった。
 コンビニで買ったのだろう某アイスの片割れを差し出してきたので素直に受け取ると頭を絶妙な力加減で撫でられる。もしこれが彼の弟、にあたると思われるやつならもっと乱暴にぐしゃぐしゃと掻きまわしたに違いない。一応、彼にはそういった気遣いができるのだ。あの弟よりもそれなりには。「……今までなにしてたの」
「まあ、いろいろとな。お前は?相変わらずテニスやってんのか」
「やってるよ、一応。ってか、これ見たらわかるでしょ」
 そう言って背負ったラケットバッグを見せると、さして興味もなさそうにするものだから面白くない。自分から訊いてきた癖に。それとも、リョーガの中ではただの確認だったのかもしれない。なまえが幼馴染を追いかけるようにラケットを握り始めたことを知っているこの男にとっては、なまえが未だテニスを続けているという確信があったのだろう。
 それはそれで意地の悪いことだとは思う。しかし、それもまたなまえの記憶の中の越前リョーガとさして変わりはなかった。己の中の興味と好奇心にどこまでも忠実な身勝手さで弟と彼女を振り回す。多分それは越前家の男の性なのだろう。リョーマの方にもその素質は着実にあらわれている、となまえは思わざるを得ないようになっていた。
「そういやお前とやったことなかったけか」
「そりゃそうだよ、あの時何歳だと思ってんの。怪我して終わりだって」
「今ならちょっとはイケるだろ、やるか?」
 リョーガの言葉の内に含まれたものに気づいて、やっぱり敵わない。と内心歯噛みする。幼い頃よりは確かにまともに打ち合えるだろう。しかし高校男子と、中学女子の力の差なんて歴然だ。生半可な相手だったなら、それでもなまえの方に勝ち目はある。しかし、越前リョーガという男には勝てる気がしないのだ。なんとも言わないなまえの心中を見透かしたように見つめてくるのに思わず顔を背ける。
 からかわれているから、結局のところ子ども扱いされているから。むず痒い胸中に折り合いをつけれずに未だ視線を逸らしてはくれないリョーガの顔を見やる。昔から、少しだけなまえには甘い。それに対して幼稚な感情回路が何に結び付いたかなんて単純すぎて口に出すのは火を噴くほうがマシなものだ。
 子ども扱いされるのが気に食わない理由は、なにもテニスだけじゃないことは自分の中ではとっくに分かっていた。胸の内がこんなにもざわめく原因は、間違いなくそのせいである。だから、それをほんの端の方だけ引き出して伸ばしてやりたくなった。
「テニスもいいけどさ、私今までやってたいろいろも気になるんだけど。ちょっとくらい教えてよ」
「あーまあ、別にいいぜ」
「じゃあ先にそっちにする?テニスした後でもいいけど」
 頭一つ分上にある顔を見上げて、首を傾ける。多分、こっちのそういう気持ちには気づいてなどいないのだろう。妹レベルにしか見られていないのなら、せめてその甘やかした態度を享受するしかなまえにはないのだ。

「あー、はいはい。分かりましたよ御嬢さん。お前の気が済むまでどうぞ」

 わざとらしい歓声を上げて腕にしがみつくと、懐かしいオレンジの薫りが鼻腔をくすぐった。
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