陽は既に傾き始めていた。完全に沈んでしまう前に陣に辿り着けるかどうか怪しいところではあるが、自身の前を歩く凌統の歩みに急いた様子はない。常も凌統はなまえと歩くときはゆっくりと、あからさまにはそんな素振りは見せないものの歩幅の差を気にかけてくれるような男である。しかし、こういった時くらいは急いでも良いだろうに。そう訝っていると凌統が不意に立ち止まって、こちらを振り返った。
「……疲れたかい?」
「いいえ、平気です」
「なら良かった。ちょっと今はおんぶも抱っこもしてやれそうにねえから、休憩するしかなさそうでね」
 そう言って笑う顔は平然としていたが、なまえ程の武人からすれば気づいてしまう程度には疲労が見え隠れしている。もう半刻は歩き通しただろうか。戦の最中、陽動と称した遊撃に徹して本隊とは丸きり逆方向に進んでいた上に途中で馬を置いてきたものだから徒で戻るしか手立てはない。そこかしこに転がっている屍には目もくれず、二人はとぼとぼと歩き続けてきたところだった。
「もう少し急いでも大丈夫ですよ、ついていけますから」
「そうかい?でもそんな気になれなくてねえ、でもさすがに日が暮れちまうかな」
 空を見上げて凌統は呟く、斜陽はもう沈みかけて地平の向こうは群青に染まりつつある。こんなだだっ広い平野のど真ん中で奇襲などされないだろうし、何よりもう戦はこちらの勝利で片がついている。だからこのようにゆったりと進んでいるのだろうかと思っていたがどうやら違ったらしい。凌統はゆっくりとなまえの頬を撫でて目を細めた。
 彼の双眸に写る自分は凡そ、細かい砂埃と返り血で見るに堪えないのだろう。凌統は戦の後に度々こうしてなまえの顔をまじまじと見降ろす、それは決まって彼女が最前線に立った時か敵味方問わずにあまりにも多くの兵が死んでいったと思われる時だ。なまえの初陣のその時も、それから何年も経った今までずっと。
「……凌統殿?」
 唐突に軽々と自らの両の足が地から離れて、なまえはきょとりと目を見開いた。鍛錬だとかなんとか言って他の将たちに抱えあげられるのは慣れているけれど、凌統のそれは何かが異なっている。肉親の間のそれよりは些か甘すぎる、しかし情人の間のそれと考えるには大分理性的と言うべきだろうか。父はあまり子を抱き上げるような人ではなかったし、だれかと恋仲になったこともないなまえからすれば想像の域を脱しないのではっきりとは分からないのだけれど。

「……やっぱ俺、あんたにこんなところ来てほしくねえんだな」

 子どもみたいなことを言うだろう、と凌統は自嘲するように笑いながらなまえの顔を覗き込んだ。その瞳の中に写り込む自分の顔は、砂塵と血が乾いて汚れていたし何よりも幽鬼のように昏い目をしている。やはり見れたものではなかったなどとどこか他人事のようにそれを見ていた。やっぱりいい大人なのは、貴方の方じゃないか。

「じゃあ、早く帰りましょう、ね?」
「そう、だな……」

 こんなところで二人ぽっちでいたらきっと、もっと哀しいし寂しいから


END


あとがき
ほもじゃないけどやおいってやつだこれ
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