目が覚めたばかりの心地いい微睡みの中で、なまえは朝陽の眩しさに目を細める。そして、己が状況を把握してどうしたものかと唸った。陸遜の両腕がしっかりと、自分の身体を抱き込んで離そうとしないのである。存外、眠っている者の力は強いもので抜け出すのは容易ではない。

「なまえ様、起きていらっしゃいますか」
「ええ、でも……」
「存じております、今朝の朝餉の支度は我らにお任せください」

 起こしにやってきた家人がどこか満足げにして去っていくのを憮然とした面持ちで見送る。最早陸遜が屋敷にやって来た日の朝の恒例行事となりつつあるこれに、なまえ本人よりも家人たちの方が先に慣れてしまったようだ。おかげで取りあえず起きているかだけ確認してさっさと戻っていくのだ、薄情なことに。確かに家事は使用人たちに任せてもいいものだとは思うのだけれど、自分たちの主人が彼に対して食事の世話を焼くことを楽しみの一つにしているということも彼らは分かっているはずだ。今頃家中を駆け巡っているであろうおしゃべりな女中たちが何を話しているかなんて想像に難くない。本日もお二人は睦まじき、善哉善哉。
 目の前の安らかに眠りこける顔を眺めて、なまえは微かな溜息を吐いた。朝餉の支度はいいとして、この人をどうやって起こすかと言う問題が今度は浮上してくる。普段整然としている彼は、その反動なのかなんなのか実のところ寝汚いのだ。しかしそれを知っている人物は驚くことに自分しかいないらしい。そして、わざわざ人に教えるつもりもない。私だけが知っていればいい、という分かりやすい独占欲を孕んだ優越感は過分な甘さを伴って胸に落ちる。しかし、今はそうも言っていられない。どうやってこの人を叩き起こすべきかが一番の問題である。

「……そろそろ起きてくださいませんか、伯言様」
 手始めに声をかけてみるが、正直ここで目を覚ましてくれたら奇跡のようなものだ。次に、胸の辺りをぱたぱたと叩いてみると微かに唸り声をあげて億劫そうにのろのろと瞼を開く。
「おはようございます」
「……もう少し、ダメですか……? 貴女を放したくないです」
「いけません、出仕のお時間になってしまいますよ。そんなこと仰っても無駄です」
 抱く腕に力を込めて、甘い声で囁きかけてくる陸遜に流されまいとして腕の中で暴れる。遅くなって痛い目を見るのは他でもなく自分だというのに毎回毎回こうなのだから困ったものだ。この前は二度寝に入ろうとしたところで自らを生贄に寝台から引きずり落としてやった。おかげで二人して戦場以外の実に下らない理由で青痣を拵える羽目になったのだ。しかし、賢しいこの人に同じ手は二度と通用しないだろう。
「なまえはそんなに私と離れたいのですか……?」
「そんなことは言っておりません、早く支度なさってください」
 そろそろ時間も、機嫌もまずいと思ったのか漸く渋々ではあるが起き上がった陸遜になまえは呆れたように息を吐いた。これもまた、幸せの一つになる日が来るのだろうか。せめて、本当に放し難いと思ってくれているのならそう思えるようになるかもしれない。その前に、手遅れにならなければいいのだけど。



あとがき
だめんず伯言氏に夢見てみた


140408
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