太陽がじりじりと地を焦がすのに重ねて火を放ったせいで空気はすっかり乾いている。肌がひび割れるような心地がして、辺りはまだぱちぱちと樹木の爆ぜる音がしていた。風が舞い上げた砂塵が目に入った痛みに何度か瞬かせると、それに気づいたらしい陸遜がこちらに歩み寄ってきて、なまえの双眸を覗きこんだ。大したことはないと顔を背けようとするのを許さない指先が頬に触れる。

「傷はついていませんね」
「なら、良かったです」

少し検分した後、頬に触れていた指先はごく自然に髪を梳き始める。細かい砂埃と乾燥で軋んで指通りが悪いだろうに陸遜は緩んだ笑みを浮かべて行為を続ける。建業まで戻ればもっとこういったことをやってやる甲斐のある女もいるだろうに。

「此度の勝利は貴女のおかげです、帰ったら殿に頼んで褒美を」
「……そんな、伯言様の策あってのものでしょう。私など」
「最初から最後まで私に従い続けた将は貴女だけですよ、なまえ」

陸遜は孫呉の中ではまだ若輩で実績もないために将兵がなかなか従おうとしなかった。それに対してなまえはすでに一定の地位を与えられた指折りの将であったことから他の将兵たち、ひいては一兵卒にまで二人が恋仲で今回の大抜擢も将として信頼を得ているなまえの進言が大きい等と言った話が流れていたのはなまえの耳にも届いていた。

「けれど、私のせいで余計な話が流れたではないですか」
「迷惑だったのは貴女の方でしょう?武人として、将としての貴女に対しての侮辱ではないですか」

憮然としたその表情にぐっさりと、胸の内になにかが突き刺さるような心地がする。指揮官としての彼への信頼だけがあって動けたのならどれだけ良かっただろう。彼は間違いなく、彼女を将として見続けていたに違いない。もし他の何かが混じっていたとして幼い頃からの気の置けなさといったところだろう。今こうして二人の間に流れる戦の直後とは思えないほど緩やかな空気もその延長にあるもので、邪推されるようなものではないと思っているはずだ。けれど実際は、皆の思っている通りのものがなまえの奥に確かに在る。
将、武人の矜持なんてついたところでどうでもいいと思っているのだ、本当は。自分が損なわれることを恐れているのは眼前のひとのこの穏やかな微笑だ、内に秘めた大望だ。

「……伯言様」
「なんですか、なまえ」

気を許した者にはどこまでも甘いひと。いつか、きっともっと彼に相応しい女がこの蕩けるように甘い顔を、声色を享受する。その時この一切を自身が振り払うためにはどうしたらいいのだろう。求めずにいられるようにするには。

「早く建業に帰りましょう」
「……そうですね」

まるで惜しむような、そんな顔を見せるから困る。これで、陸遜の有能さは世の知る処となろうに、さすればまた望みに近づくだろう。その手足であれればそれだけを願っていればいつしか昇華されてくれるはずだ。些末な情でこの世は動いてはくれないのだから、折り合いをつけることが利口なのだ。



気が付けばいつの間にか辺りの木々はすっかりと燃えるのを止めていた。苛烈に燃えて、静かに消えゆく炎ならいつまで待てば収まるのだろうか。



END

あとがき
リハビリに。詳しいことはまたmemoで
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