視界を奪うように抱き込まれる刹那、目が合う。その色に息をのんで、瞼を閉じて闇の中でそれを思い描く。お世辞にも血色がいいとは言えない男の指先は思った通りにひんやりとこの肌の上を滑っていた。生まれ育った地よりは幾分か寒冷な地だが未だ残暑の厳しい中では心地のいいものでよくこうも体温が低いものだと半ば感心にも似た気になる。それでも、抱かれた胸の内はそれなりに温くてふと目を細めてしまうその感覚にどうしたものか、と思案する。

「賈充殿」
「……何も言うな」

私とこの男の間に甘やかな情などあってもよいのだろうか。一体なんなのだ、この様は。私の本懐を遂げるために利害の一致するこの男の誘いに乗った、ただそれだけではなかったのか。私の野望を利用して、己のすべてをかけて彼の人を天上へと昇らせたあの男は一体どこに消えたのだ。彼の人とともに死んだのか。
もし、私がこの男に対して情を抱いていることを口にすれば全てが終わる。この男はこうしていても、口にすることだけは絶対にしないとう確信があった。だったら、どうにかするのは私だろう。そして、この男はそれを望まない。それがすべてだ。そもそも、私はこの男に抱いている情とはなんなのかすら私には分からない。

「なまえ」
「はい」

暗闇の中に思い浮かべるのは、こうして腕に抱かれる直前私が見たそれ。誰がこの男のこんな表情を見たことがあるか。この怜悧な黎明の闇の奥に身を沈める男がこんな、進むべき帰り道の標を失った子供のように薄氷の双眸を揺らすなどと。それを見た瞬間の、言いようのない胸の内に湧き出づる面映ゆい感情は毒のように臓腑を犯していく。

これが愛しいというものなら、それは随分と意地が悪いものだ。

「なまえ、」

貴方はこれ以上、だれに何を求めるというの。私に、何をしろというの。何も言うなと言いながら、私の名をこんなに呼ぶなんて本当にわからない人だわ。貴方と同じところに身置く私が、彼の人のような存在になれるわけもない。そんなことは解っているでしょうに、私に何を求めているの貴方は。

思ったよりも長いのか短いのか分からないくらいの間こうしていて、背中にはじっとりとした汗が伝うようになった頃にようやく解放されたころには私の眼はすっかり瞳孔を開き切っていたせいで目が眩んだ。どうしようもないくらいに差す日差しの中で、対面の人の姿は黒く浮かび上がる。

陽の長い季節はまだ終わらない、それなのに私たちはまだ。もう、帰り道を探すことができずに戻れなくて。

「……賈充殿」
「もう少しだけ付き合え、お前が望むもののためにな」
「ええ、楽しみにしております。そのためならいつまでもお待ちいたします、私を好きにお使いになって」

それが、言外に含んだ意味をこの男は気づいているに違いない。いつもと相違ない顔に戻った男が、常のように喉の奥で嗤うのにどこか安堵する私を奥底に突き落として含んだ笑みを返した。



140110
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