06
まだ騒がしさはない登校時間。
申し訳程度に気分で羽織る白衣に身を通して、次々と校門をくぐって来る生徒を横目にブラックコーヒーを一口、口に含めばバタバタと騒がしさを告げる音。
「まーったくよお、アイツ等も毎日毎日懲りねえなあ」
呟く言葉に苦笑を浮かべる間にもガラっと開かれるドアと、弾丸のように飛び込む影。
おいおい、スカートまくれちまってるじゃねえか…、
『せ、ん、せー!!助けてぇぇ!!』
ハアハアと粗い息を吐きながら、必死に見上げてくる目に笑いそうになるのを堪えながらタバコに火を点けて、ふぅっと一口煙りを吐き出しながら言葉を返す。
「ああ?またお前か、朝から賑やかなのはいいけどよ、こっちの迷惑も考えやがれ」
『迷惑とか言わないで!後でPSP貸してあげるから!』
「よっしゃ乗ったー!」
あ、……まあたやっちまった。
つい、ゲームやプラモを引き合いに出されると許しちまうとか情けねえな、とは思うけど、好きなもんは仕方ねえ、自分に都合の良い言い訳を自分で認めながら、くいっと指を後方に向ければ“分かってる”いいたげな表情でロッカーに逃げ込む姿。
ああ…若いって良いよな、いや俺もまだまだ若いけどよ……。
そんなことを思いながら短くなったタバコを勿体ねえとばかりに口に含めば、やっぱり来やがった…、
足音は2つ。間違いねえな切原と財前だ。
「ゆりちゃーん!授業始まっちゃいますよー!」
「早よ出て来こなどうなるか分かってますよね?」
おいおい、仮にも保険室だぞ?“失礼します”くらい言えねえのかよ……全く、頭ん中はゆり一色か?
勢いよく飛び込んで俺の存在なんか無視するように飛ぶ声に、ある意味感服しかけるが、わりぃなあ…PSPがかかってんだよ……、
「おい、野郎共」
「うわ出た」
「財前君よぉ!口の聞き方がなってねぇなぁ?」
“今気付きました”って口振りで、目上にも容赦ない財前の悪態には溜め息も出ねえよ本当に。全く親の顔が見てみてな……って、まあ、俺も人のこと言えた義理じゃねえけどよお…。
「長曾我部先生、ゆりちゃん来たんスよね?何処っスか?」
「お、切原はまともに喋れんじゃねぇか!」
くだらねえことを考えていた耳に届いた言葉は財前や、この年の頃の俺と比べりゃ幾分か可愛げのある切原で、とっさに「ああ?」凄んで返しそうになる言葉を寸前で呑み込んだ。
それにしてもよ、実年齢より大人びて可愛げのない財前と、態度や口振りとは裏腹に可愛げある切原……なんで二人揃っておんなじ女のケツ追っかけてんだか…。兎にも角にもご苦労なこった‥。
「残念ながらゆりは居ねぇよ」
「は?嘘吐いたってゆり先輩入るの見たんですわ」
さっすが財前…、一筋縄にゃ納得しねえってか?仕方ねえ、か…。口から出任せは好きじゃねえけどな、約束守らねえのは心情に反する。許せよ二人とも!
「ああ、来たぜ。来たけどよ、窓から出て行っちまったからなぁ!今はもう居……ククッ、ゆり、もう行ったぜ」
言葉も半分に指差した窓に向かって走っていく姿なんか、単純で可愛いじゃねーか。嘘ついちまって悪かったな!でもよ、若いうちの苦労は買ってでもしろって言うしな……ま、頑張れや!
『はあ…』
ロッカーから、疲労困憊、辟易しながら出てきて、辺りを慎重に見回して、ほっとしたように溜め息を吐く姿に苦笑が浮かぶ。
いい若もんが溜め息なんかついてんじゃねえよ…。
「あんなに愛されてよ、何が不満だっつーんだ贅沢者は」
『あんなの愛だと思えないよ…』
「じゃあ何だよ」
『嫌がらせ?拷問?恐怖?』
「ハッ!幸村が聞いたら喜びそうな言葉だな」
『ダメダメダメ!そんな事言ったら本当に現れちゃうから!』
言って慌てふためくゆりの姿に苦笑が浮かぶ。
“そんなんだから年下二人に振り回されるんだろーが”言ってやりたいとこだが、そんな馬鹿正直なとこが、ゆりの良いとこな気もして、結局俺は“ったく、仕方ねえなあ…”言いながら頭をポンポンと撫でてやるだけ、ま…無理して背伸びする必要もねえってことだ。
「なに、ゆりが俺に拷問して欲しいって?やだな、赤也じゃなくて俺の気が引きたかった訳?」
そんなコトを考えていれば、突如空間に割って入ってきた声。
肩をビクリと震わせたゆり(と、撫でてた手を反射的に離した俺……馬っ鹿野郎、一瞬驚いたじゃねえかっ!)
『ほら、やっぱり精市は地獄耳………っ!?』
「やぁ、教師使うとはゆりも頑張るな」
『せせせ精市!や、あの、さよなら!!』
「おーいゆり、ゲーム置いて行けっつの!」
『後でねチカちゃん!!』
「その呼び方止めろ」
幸村の姿に、脱兎のごとく飛び跳ねて走り出すゆりに、忘れんなとばかりに声をかけた俺にポンと手がかかる。
「お、おう!」
「先生もさ、玩具で釣られるなんて成長しないな?」
いや、お前より遥かに成長してるし未だに身長伸びてんだよ俺!…じゃねえよ!
「はは、思考回路もグダグダだな」
「あん?」
「口に出てたら意味ないだろ?それより…、」
「なんだよ?」
幸村の妙な威圧感に嫌気が差す…正直俺はなんつうか、腹の探り合いだとか嫌いなんだよな…面倒くせえ……!
「はあ、だから口にだしたら意味ないんだけどな…、それとも口に出して嫌味のつもりかい?」
「ち、ちげーよ!」
「まあ、良いや…。あのさ一つ言っておくよ?次、赤也と財前の戦いに手を出したら…」
「……なんだよ」
「大好きな玩具にしてあげから」
「は?」
意味の分からないことを、絶対的圧力の笑顔で言い切った幸村に、目をまるくすれば“これは戦いだ、分かったら余計な出だしはするな”そう目で語りながら頷いて、幸村は満足そうに保険室を出ていった。
ゆり、次からは助けられねえぞ?
アイツの玩具なんて何させられるか分かんねー……つーか、俺も教師の癖に怯えてるなんて情けねえったらねえな……!
あー……まあ、なんだ!今日、PSP借りたら暫く借りパクしとこう…。
そんなことを思いながら、ドサッとベッドに横になれば、ゆりの苦労が少し分かった気がした。
◇
言われた通り窓から飛び出して、だけど見渡した周囲にゆりちゃんの姿は見えなくて、携帯片手に右方向に歩きだした財前とは逆に、左の方向に向かって歩きだした。
あーもう、ゆりちゃんどこ行っちゃったんすか……ま、まさかもう財前に捕まったんじゃ!!
浮かんだ思考を振り払うようにブンブンと頭を振って、再び歩き出せば目に入った探してた人。
「あれ、ゆりちゃん?」
『、赤也!?』
「な、何もしないから逃げないで下さい!」
『…………』
逸る気持ちを抑えて、話しかける。本当は飛びついて抱きつきたいけど、また逃げられたら正直ヘタレるし…
『赤也?』
「俺が邪魔っスよね?」
『…………』
「迷惑掛けて嫌がられてるのも分かってるんスけど…それでも好きなんスよ…」
逃げかけたのに、止まってくれたことが妙に嬉しくて、柄にもない弱気な言葉。
俺って情けないっスか?
ゆりちゃんにそんな顔させたい訳じゃないのに財前みたいに、言葉がでないってなんだよ!
『赤也、ごめん…』
「何で謝るんスか?」
『アタシ、赤也の事嫌いじゃないよ…?』
「ゆりちゃん…」
『本当は「光の事が好き」、』
「なっ、財前てめぇ…!」
こ、コレってもしかしなくても、もしかしなくても、ゆりちゃんからの愛の告白!?
そう思ったのに……ぜってえ潰す!ぜんざい野郎が!
『光!?』
「あーあ、勝手な事ばっかり言うてたらあかんでゆり先輩?」
言いながら、ゆりちゃんの腰に腕を回して言った財前の目が冗談じゃなく、怒ってることに気がついた。
ゆりちゃん、財前の魔の手から守ってあげるから、今こそ俺が好きって言ってください!
(赤也なにしてるんだ?)(ぶ、ブチョー!)(早く引き剥がせよ)(はっ、はい)
(まあまあ、無理はアカンで?)(な、なんすか?!)(キミに財前みたいにできるん?)(お、俺だって…!)(まあええわ、ほな切原くんは俺と少し話ししようか?)
(白石汚い手を使うんだな?)(汚くはないやろ?ただ、切原くんと話ししたいねん)(へぇ、じゃあ俺も財前と)
(財前はゆりと話しするんやから幸村やって邪魔はアカンで?ほな二人とも行こか?)
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