05
ゼェゼェハァハァ、
爽やかな朝には似つかわしくない荒々しい吐息と、乾いた空気の中で滴る汗に嫌悪を抱いてもそれをどうこうしてる暇は微塵も無い。
「せ、ん、せー!!助けてぇぇ!!」
『ああ?またお前か、朝から賑やかなのはいいけどよ、こっちの迷惑も考えやがれ』
逃げ込んだ保健室では喰わえ煙草で何やら貴金属を弄る姿があった。
「迷惑とか言わないで!後でPSP貸してあげるから!」
『よっしゃ乗ったー!』
保険医の長曾我部先生は“玩具”に馬鹿が付くくらい目が無い人で新作ゲームなんかを与えとけば味方も同然。保険医ならそれらしく薬品でも弄ってればいいのに、そんな余計な事は伏せておいて。
暴れまくって光と赤也から(正しくは光の魔の手から?)抜け出せたんだから此処で捕まる訳にはいかない。上手く長曾我部先生に撒いて貰うしか…
『ゆりちゃーん!授業始まっちゃいますよー!』
『早よ出て来こなどうなるか分かってますよね?』
案の定追い掛けて来た光と赤也にバレませんように、祈りに祈って保健室の掃除用具ロッカーで息を潜める。頬っぺたにペタリとモップが当たったって今は気にしないもん!
『おい、野郎共』
『うわ出た』
『財前君よぉ!口の聞き方がなってねぇなぁ?』
『長曾我部先生、ゆりちゃん来たんスよね?何処っスか?』
『お、切原はまともに喋れんじゃねぇか!』
も、もういいから!早く早く追っ払ってよ…!
いい加減掃除用具臭いんだから!匂い染み付いちゃったらどうするの…!?っていうかやっぱりモップが、じめっとしたモップの感触が…!
『残念ながらゆりは居ねぇよ』
『は?嘘吐いたってゆり先輩入るの見たんですわ』
『ああ、来たぜ。来たけどよ、窓から出て行っちまったからなぁ!今はもう居……ククッ、ゆり、もう行ったぜ』
単純で可愛いじゃねーか、先生の笑い声が聞こえて怖ず怖ずとロッカーを開けて覗く。
言った通り誰も居なくなった部屋は静かで、漸く安息に有り付けるかと思うと溜息が零れた。
『あんなに愛されてよ、何が不満だっつーんだ贅沢者は』
「あんなの愛だと思えないってば…ああ、モップ臭いかも…」
『モップとかどうでもいいけどよ、じゃあ何だっつーの』
「嫌がらせ?拷問?恐怖?」
『ハッ!幸村が聞いたら喜びそうな言葉だな』
「ダメダメダメ!そんな事言ったらあの人本当に現れちゃうから!」
幸村精市はそういう男なのよ、何処で何言ったって何かの魔力で全部聞き取っちゃうんだから…あああ、恐ろしい男だわ…!
『なに、ゆりが俺に拷問して欲しいって?やだな、赤也じゃなくて俺の気が引きたかった訳?』
「ほら、やっぱり精市は地獄耳………っ!?」
『やぁ、教師使うとはゆりも頑張るな』
「せせせ精市!や、あの、ささ、さよなら!!」
『おーいゆり、ゲーム置いて行けっつの!』
「後でねチカちゃん!!」
『その呼び方止めろ』
一難去ってまた一難、アタシの気が休まる時なんて一瞬も無いらしい。そんなのって辛過ぎる…!
今日何度目かの全力疾走で駆け込んだ教室でじんわり涙を浮かべて歪んでいく視界の中、
『あれ、ゆりちゃん?』
「、赤也!?」
『な、何もしないから逃げないで下さい!』
「…………」
聞こえてきた声に振り返れば憂愁な顔した赤也が居て。
逃げの体勢を取ったのにそんな顔されると、ちょっと心配になって……
何で此処に居るのとか、早く避難しなきゃとか、そんな考えは何処に吹っ飛んだ。
「赤也?」
『俺が邪魔っスよね?』
「…………」
『迷惑掛けて嫌がられてるのも分かってるんスけど…それでも好きなんスよ…』
アタシがいつも逃げるから?
アタシがいつも拒むから?
だから本当は赤也も赤也なりに傷付いてたの……?
「赤也、ごめん…」
『何で謝るんスか?』
「アタシ、赤也の事嫌いじゃないよ…?」
『ゆりちゃん…』
「本当は『光の事が好き』、?」
『なっ、財前てめぇ…!』
「光!?」
『あーあ、勝手な事ばっかり言うてたらあかんでゆり先輩?』
赤也が仔犬みたいに寂しそうな目をするからうっかり「好き」だなんて言いそうになったけど、もしかしたら光が来てくれて良かったのかしら?
でも本当は、なんだかんだ言ったって赤也も光も好きなのかなぁって、ちょっとだけ思った。
(白石、赤也の勝ちだろ)
(何の事や?)
(財前さえ邪魔しなきゃ赤也に告白してただろ)
(邪魔やって実力の内、作戦やな)
(本当おめでたい頭してるな、っていうかゆり臭いんだけど)
(え!臭い?匂う?)
(俺はゆりちゃんがどんな匂いでも好きっスよ!)
(よし、良く言った)
(財前、お前も何か言うときなさい!)
(ほな風呂入れたりますわー)
(やっぱり財前の勝ちやな)
(ね、アタシの意志は無視なの!?)
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