04
朝の一騒動を終えた、幸村部屋…通称「最後の審判部屋」では、今まさに、可哀想な生贄が捧げられようとしていた。
「仁王、なんだいそのふざけた物言いは?」
「冗談じゃて、ゆっきーは怖いのう」
けたけた笑っている仁王の隣では、柳生が器用に直立したまま意識を飛ばしていた。
「赤也!」
「は、はいっ!な、ななんすか」
「今朝のあの無様な姿はなんだい?」
「いや…あの、それはっすね……」
しどろもどろ、周りを見回して先輩達に助けを求めて視線を向けるも誰一人として赤也と視線を合わせてくれようなどという先輩はいない。
「さすが“赤点のエース”小学生にも口喧嘩じゃ勝ち目なしだな」
「す、すんませんっしたー!」
「謝るくらいなら勝て!……まあ相手は“天才”らしいしな、赤也じゃ荷が重いよなー。なんて言ってもバカ也だしな」
「ほ、本当にすっませんしたああ!」
「まったく、本当に嫌になるよ…、負けるくらいなら勝負なんてするなよ」
次々容赦なく浴びせられる言葉に、居てもたっても居られずに土下座をかましたにも関わらず、幸村の戒めは止まることを知らない。
“分かってるんだろ?”そういいたげな幸村の視線にも、赤也は返す言葉もない。否、あったところで、正面から返せるのは白石蔵ノ介くらいしかいないだろう…
「分かったんなら良いんだ…俺だって鬼じゃないしね、さあ…赤也、柳、今度こそ勝ちに行くぞ」
音も立てずにスッと立ち上がった幸村に、瞬間的に反応して立ち上がった赤也と柳の顔に、俄かに死相が浮かんでいるように見えたのは、きっと見間違いではない。
◇
その頃、隣の白石の部屋では…、
「財前、ようやったで!」
「部長に誉められる意味が分かりませんて…」
「なに言うてんねん!見事な勝利やったで!なあ謙也?」
「あ、ああ…せやな、」
今朝の財前の舌戦勝利に気分も上々、白石は一人意気揚々と財前を褒め称える。
が、そんな白石などお構いなし…と言いたげに、あからさま面倒だと言った表情を浮かべたままの財前と、一人切に平穏だけを願う謙也の姿がある。
「いいか財前、このまま勝ち続けなアカンで?勝負は勝ち続けることによって完璧になんねん!」
「別に完璧とかええすわ…」
「なんや、そんなクールぶらんと、もっとやる気だしてやな」
「はいはい…せやけど、部長」
「なんや?」
「俺に必要なんはゆりだけすわ…」
「よう言うたで財前、それでこそ“男”いや“漢”やで!」
財前の台詞に益々、ヒートアップする白石を横目に、謙也と言えば、財前の台詞に顔を俄かに赤らめていた。
「ほな財前、このまま、ゆりちゃんも勝負も勝ちといくでー」
誰よりもやる気十分な白石‥彼ほど幸村に負けたくないと思っている人など、この地球上には存在しないだろう。
◇
「やあ、また会ったね?」
「ほんまやなー」
またもや廊下で出くわした幸村組みと白石組み。
腹の読めないエンジェルスマイルと、空前絶後の爽やかスマイルの静かな闘いは互いを目に留めた瞬間、幕を開ける。
「はあ…ほんま部長ら鬱陶しいすわ」
「ははっ、白石…後輩の口の聞き方も教育できないなんて嘆かわしいな」
「まあまあ、そう言わんと。うちの財前は後輩や言うても生意気なんも実力あってのことや、名前だけの“二年生エース”とはちゃうねんで?」
(なんか親バカ対決みたいスね)
(赤也、幸村に聞こえている確率…)
(い、いいいっす!聞きたくないっスよ!!)(そうか残念だ…)
一行が目的地に到着して、一分と経たずにバタンと音がして開いたドア
「支度長いわ」
「ゆりちゃん!学校行こう!」
開けられたドアは投げ掛けられた言葉に返事をするでもなく再び閉ざされる。
「赤也、なにしてるんだ?」
「ちょ、ゆりちゃん!何で閉めるんスか!!早く学校行かなきゃ遅刻するって!」
「財前、分かっとるやろ?」
幸村の言葉に反応して、先手を打った赤也に白石が財前を煽る。
財前は、後ろにならんだ【部長's】改め【チーム親バカ(&お付き)】を振り返り、あからさまに溜め息をついてから口を開いた。
「ゆり先輩、ツンデレはええスわ」
『やだやだ!何で待ってるの!?先に行けばいいじゃん!』
聞こえたゆりの声に、痺れを切らした魔王…基、幸村が一歩前に進みでる。
「ゆり」
その一言に緊張が走ったのは、何も中にいるゆりだけではない。赤也を始め白石組みの謙也でさえ、顔をひきつらせて小さくなっている始末だ。
結局、幸村を前に籠城など出来ないと判断したゆりが、ドアを開け姿を表すのも毎日の光景だったりする。
ゆりが顔をひょっこり出して、おずおずと姿を現せば、それだけで、赤也のテンションが急上昇しているのが分かる。
そんな忠犬のような赤也と、上からな財前と、心底飽き飽きしたゆりで、朝方と大差のない言い争いが起こるのもまた毎日の出来事。
恐らく、柳の手にしたノートには、この後の成り行きも演劇の台本さながらに、いくつものパターンが書き込まれているだろう…。
「おはようさん」
『く、蔵、おはよ…今日も、うん…なんか爽やかだよね』
「せやろ?」
『うん、さわ「ゆり、何で俺より先に白石に挨拶するんだ?」』
白石の爽やかスマイルが癒やしだとでも言うように笑顔を向けて会話を始めれば、“気に入らない”と堂々と書かれた顔で幸村が割って入る。
『べ、べべ別に深い意味は、』
「まぁいいや、今日は赤也か財前か、どっちと学校に行くのかな?」
爽やかすぎる一見エンジェルスマイルで言った幸村の言葉に、旋律が確かに走った。
そう‥幸村にとっては、白石組みとの勝負はもちろん大事だが、あたふたと怯えるゆりの姿を見ることが、何より楽しい瞬間だったりするから大変なのだ。
『謙ちゃんと学校行く!!』赤也、財前…、幸村、白石…、誰もが一歩もひかない中で、ゆりが選んだ人物……それは紛れもなく“俺は空気や”“俺は居てへんで”の精神を貫くように小さくなっていた謙也だった。
ゆりと謙也が勢い良く走り出して、ふりほどかれた手に、財前が眉間にシワを寄せて走り出したことにも気付かずに、ボーっと立ち尽くした赤也に、嬉しそうな幸村の声がかかる。
「ゆりもやるじゃないか‥なあ、赤也」
「ああ!す、すんませんっしたー」
「謝る前に走れよ、本当にグズだな」
幸村の声援とは程遠い声援を受けた赤也が走り出した後には、勝ち誇った白石と、目を細めて君臨する幸村だけが残った。
◇
ゆり先輩がワカメを選ぶとか、謙也先輩を選んだとか問題やない…
ほんまに気に入らんのは、ゆり先輩が俺の手を振りほどいたことや…
苛々する思考で走り抜けた先に、見えたんは、謙也先輩ベッタリ張り付いたゆり先輩の姿。
『疲れたからおんぶか抱っこお願いしまーす…』
気配を消すように確実に近付いたときに聞こえた、ゆり先輩の言葉に何かがプツンと切れた気がした…。
「なな何言うてんねん!!俺がそんなん「分かりましたわー」」
『え、』
“え”てなんやねん、可愛い思って許される思っとるなら間違いや。
「俺が責任持って抱っこで保健室連れてったりますよ?」
『ひひひかる…!!』
突然現れた俺に動揺しまくる顔も今はムカつくだけやねん。
ほんま一遍泣かしたる……思いながら、謙也先輩から引き剥がして抱えた身体、この身体がさっきまで、謙也先輩に触れとった思うだけで、またムカついた。
(どや幸村、あれが財前や)
(……赤也は何をやってんだろうね)
(残念やったな?負け惜しみやったら聞いたるで)
(バカ言うなよ、まだ負けじゃないだろ?)(なんやねん、エラい自信やな?)
(当たり前だろ、最後には俺がいるんだ)
next.(5話)