03
あー、まだ学校に着いた訳でも無いのに疲れてるのは何でだろう。
「ママ、今日も無事に帰って来れるように祈っててね」
ママと見立てた牛の目覚まし時計に「行って来ます」なんて挨拶してみせて、やっとのことで1人になれた部屋のドアを開ける。
『支度長いわ』
『ゆりちゃん!学校行こう!』
ガチャ、とドアを開けてガチャン、とドアを閉める。
無意識でそうしてしまうのは光と赤也だけのせいじゃなくて、その後ろに漂う威圧感も十分に関係してると思う。
『ちょ、ゆりちゃん!何で閉めるんスか!!早く学校行かなきゃ遅刻するって!』
『ゆり先輩、ツンデレはええスわ』
「やだやだ!何で待ってるの!?先に行けばいいじゃん!」
鍵を閉めて更にドアノブが曲がらない様に固定して必死になるけど、
『ゆり』
「!」
『開けない、なんて言わないだろ?』
「あ、あの、その……」
『早く出ておいでよ』
「ははははい!!」
そんな抵抗は幸村さまの前じゃ無意味に等しい。分かっていてもおずおずとドアを開けてしまう自分に悔しくて涙が出そう。
ねぇ、精市って何でそんなに怖いの?
『ゆりちゃーん!素っぴんでも化粧しても可愛いとか罪っスよね!』
「それも毎日聞けば嬉しくないよね…」
『ゆり先輩、“おはようのちゅー”がまだやけど』
「やりたくないって言ってるじゃん…」
相も変わらず繰り返される会話に飽き飽き、厭き厭きして頬が痩けてしまいそうな気分。
だけど今はそんな事より、
『おはようさん』
「く、蔵ノ介、おはよ…今日も爽やかだよね」
『せやろ?』
「うん、さわ『ゆり、何で俺より先に白石に挨拶するんだ?』」
「べ、べべ別に深い意味は、」
『まぁいいや、今日は赤也か財前か、どっちと学校に行くのかな?』
この2人の方がある意味一番厄介なのだ。
勿論財前とやろ、と爽やかな笑顔を崩さない蔵ノ介と
財前とか馬鹿なこと言わないだろ、と悪魔の尻尾を振る精市。
恐ろしくて恐ろしくて身体が震えてしまいそうなのは気のせいじゃない。
そしてその手前でニコニコ犬みたいにしゃぐ赤也、飄々とした顔で密かに手首を掴んでくる光。
アタシの選択肢はあってないようなモノだけど、せめてもの抵抗そして願望を顕にしたいって思ってもいいですか?
「あ、アタシ、謙ちゃんと学校行く!!」
『は?俺?』
「はは早く早く謙ちゃん行くよー!!」
『ちょちょちょちょお待て!俺を巻き添えにしたらアカンて!!』
光の手を振り払って謙ちゃんの手をしっかり握って猛ダッシュ。
こんな魔界の様な世界で唯一の癒しは謙ちゃんしか居ない、そうでしょ?
ちょっと手を握れば今も顔真っ赤にしちゃってアタシのハート鷲掴み。
『ゆり、絶対ヤバイってヤバイって、俺もゆりも殺されるんちゃうか…!っちゅうか手、手、手繋ぐとかハレンチや…!』
「ハレンチじゃないし謙ちゃんが善いんだもん!流石に殺されることはないから大丈夫よ!多分…」
『その多分がアカン!!』
猛ダッシュで寮を出て足を緩めると息切れするアタシに反して慌てるだけの謙ちゃんに鍛え方が違うなって事を再確認して。
アタシも魔の手から逃れる為にはもっと体力つけなきゃやっていけないのかもしれない、なんて思いながら謙ちゃんの背中にべったり。
『ななななんや!?』
「疲れたからおんぶか抱っこお願いしまーす…」
『なな何言うてんねん!!俺がそんなん『分かりましたわー』』
「え、」
『俺が責任持って抱っこで保健室連れてったりますよ?』
「ひひひかる…!!」
気付いた時には目の前にあった謙ちゃんの温もりはなくて、宙に浮いた身体はすっぽり光の腕に抱えられる。
いつの間に追い掛けてきたの?!
そんな質問はさせてくれるはずもなかった。
(ゆりちゃん待ってー!て、財前何触ってんだよ、潰す)
(ハァ、ええ加減言葉のレパートリー増やしたらどうやワカメ)
(てめぇ!まじ潰す!)
(もういいから降ろして!煩い!アタシの謙ちゃん助けてー!)
(お、俺は何も知らん!)
(謙也先輩、後でゆっくり話しましょか?)
(せやから俺を巻き込むな言うてんねん!!)
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