01
アタシにとって幸せって言えば、
ゆっくり寝てのんびり起きて
美味しいご飯を食べる
そんな些細な事だった。このくらいの贅沢なら大それた訳じゃないし神様だって許してくれると思ったのに、やっぱり人生って何があるか分からない。
「……んん、」
良く寝た、とは言い難い5時間睡眠の中、頭の上で高校入学祝いで買って貰った目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。
ママ、入学祝いが目覚まし時計ってどんだけ?毎日音を出す度に思うけど最近では愛着が湧いてるのもまた事実。
「起きます起きます、もう朝ですよねー…」
牛の形をした目覚まし時計の鼻を押すと辺りは静寂に包まれて、布団から出たくないなぁなんて身体を丸めた瞬間だった。
『起きへんの?』
「!?」
『起きます言うてまだ寝る態勢やん』
「ひひひひひかる!?」
はよございまーす、と口角だけ上げて笑う顔を作った光にビックリして、あり得ない距離にベッドから飛び起きる。
「な、なな、何でアタシのベッドで寝てる訳!?」
『寒いし暇やし』
「ねぇ何かが可笑しいよね」
渡邊学園に入学して渡邊寮に入って、アタシの“平和”と“常識”はガラスよりも簡単に砕けていった。
まず第一に寮が男女混合であること。学年だって違うのに隣は光だったりして普通じゃあり得ない。
今日だって自室の鍵は閉めたはずなのに何で光が此処に(しかもベッドに)居る訳?
暇で寒いなら自分の部屋に居ればいいじゃない…
『素直に“毎日一緒に寝て下さい”て言うたらええのに』
「何でアタシが敬語使わなきゃいけないのよ」
『あー突っ込むとこソコなん』
確かに。こんな非常識が日常茶飯なばっかりにアタシも大概ネジがズレて来てる気がする。
やばいやばい、いつか浸食されて“可笑しい”部類の仲間入り?そんなの嫌だ……!!
「ひかる」
『ん?着替え手伝って欲しいんです?』
「違うっ!回れ右っ!」
『は?』
「早く出て行『ゆりちゃーーーーーーーーん!!!』っ!?」
『寝起きも超可愛いっスね!!』
車にでも引かれた様な激しい痛みが背中を襲って首を曲げるとフワフワ揺れる真っ黒な癖っ毛と爛々とした声。
「赤也…背中が痛いんだけど」
『え、まさかゆりちゃん背中も寝違える子?超可愛いス!!』
「背中なんか寝違える訳ないじゃん馬鹿!!アンタが飛び付いてくるからでしょ!?」
『だってゆりちゃん見たら押さえらんないじゃん?』
「そんな事知りません!」
お腹に回された腕を必死に払いのようとすると、ドンとかゴンとか鈍い音がして背中の気配が消える。
『ええ加減鬱陶しいわ』
『財前…俺の頭蹴りやがったな…潰す』
『聞き飽きたわその台詞』
助かった、なんて安堵したのは一瞬ぽっきりで今度は戦争みたく乱闘が始まる予感に涙が出そう。
静かでのんびりなアタシの朝は何処に消えたの?!
『大体アンタが何で此処に居るんだよ』
『ゆり先輩がどうしてもって言うからや』
「言ってないし」
『俺が朝起こしに来て頼まれてんだよ!!てめぇはお呼びじゃねぇ!』
「それも言ってないし」
『なんや、やっぱり切原ってストーカーやな』
『てめぇだろストーカーは!』
『ゆりが俺ん事好きなんまだ分からへんの?物分かり悪いっちゅうかただの阿呆』
『なんだと!?』
「もう!!分かったから2人共出て行け!!!」
グイグイと背中を押して追っ払った後もう一度鍵を掛ける。
本っ当、煩い煩いうるさーい!
なになに、アタシが何したの?何で毎日こんな騒がしいの?実は反対隣が赤也で、アタシを真ん中に日々争いが繰り広げられてるなんて信じられない。
文句ばっかり浮かべながら、やっと静かになった部屋で着替えを始めるけどドアを叩きながら『開けて下さーい』なんて聞こえて前言撤回。静かの『し』の字もありゃしない。
「いい加減にしてほしいのはこっちだって…」
ハァ、溜息を溢せば2人とは別の厭な声まで響いてくる。
『幸村部長!おはようございます!』
『なに、追い出されたの?』
『あー、みたいっス』
『赤也、財前に負けたら真田のビンタだよ』
『ゆりちゃん開けてぇ!!!』
『あ、部長』
『財前も分かっとるやんな?これはお前1人の闘いちゃうねんで?』
『心配される意味分かりませんわ』
精市も蔵ノ介も何言ってくれちゃってんの…?
2人を煽ってどうすんの馬鹿ー!!
慌てふためくアタシを知ってか知らずか再びドアは開かれるのでした。
「着替え中だよ変態馬鹿!!」
理事長兼管理人のオサムちゃんに鍵を変えて貰おうと切に願ういつもの朝のこと。
(だからどうやって鍵開けてんの!?)
(企業秘密ってやつっスわ)
(なにそれ…)
(やっぱりコイツ、ストーカーっスよゆりちゃん!)
(赤也も十分そうだと思うけど)
(ええ!?)
(うわ、同じ扱いしやんでくれます?)
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