02
選択科目で移動教室から戻ると、僕の隣は未だ空席だった。昼休みが終わってから不貞腐れてしまったらしい彼女に溜息を溢すけど、どんな彼女でも愛しいだなんて一種の大病。
生憎、7限まである授業は億劫だけど彼女の隣で過ごす時間は僕にとって価値が有りすぎて、テニスをするより有意義なのかもしれない。
「あ、」
最後の授業、彼女は戻ってくるだろうか。待ち侘びる思いを廊下に視線を移すことで表すと、焦がれた姿に口が緩む。
「おかえり、ゆり」
『……ただいま』
「なぁに、まだ怒ってるの?」
『だってチョココロネ…』
むくれた顔に手を伸ばすと眼を瞑って猫みたく気持ち良さそうにするくせに、それでも怒ってるって?
昼休み、嬉しそうに鞄からチョココロネを取り出すもんだから悪戯心に火が点いちゃうのも男心でしょう?
予期したまんまゆりが怒って、怒った顔も独り占めしたくて、更には僕の事しか考えられなくなる。それって幸せ過ぎない?
「いい加減機嫌直さない?」
『えー……』
「怒ってる顔も好きだけどね、そろそろ笑った顔が見たいかなって」
『キザだと思いまーす』
「いいじゃない、本音だから」
実際、怒る顔が好きなのも事実だけど理由は別にあったって言ったら?
選択科目、佐伯と同じ時間を過ごす彼女に僕を忘れないで欲しかった、そんな独占欲信じる?やっぱりいつもの調子で軽く受け取るでしょう?
「ゆりが機嫌直してくれるって言うなら、ゆりが好きなドーナツ食べに行こうか」
『、本当?』
「嘘吐いたことある?」
『…無い』
「じゃあ、どうする?」
『ご機嫌でーす!』
ニッコリ笑って左手を重ねてくる、ゆりの甘えたっぷりは幼稚なのに僕を刺激させるのにもってこい。
僕はこんな子がタイプだったっけ、考えたことはあるけどこの愛情に理論なんて要らない。
『周助、』
「うん?」
重なった左手から腕を蔦って耳元に口唇を持って来るのは彼女にとって何でもない事だった。ただ、他の誰かと、そう思うと嫌悪だけど僕には是が非でも宜しくだとかそれもどうなの?
(あのね、本当はもう怒ってなかったんだよ)
息だけ漏らしてクスクス笑うから「何で?」なんて聞いてみたけど、聞くんじゃなかったって。
『サエがね、おぶってくれた』
「うーん…何でかな?」
『授業遅刻しそうだったから。違う、遅刻したから?』
「遅刻した上に佐伯におぶって貰ったとか…関心出来ないね」
『だって走るの嫌だもん』
「それなら僕を呼べばいいじゃない」
『周助は授業違うもん』
「そういう問題じゃないでしょう?ゆりの一番は僕じゃないと」
本当にキザだよね、挙句には口を手で覆って笑いを堪えられない様子は塞翁が馬って言うの?
消化出来ない嫉妬と思い切り莞爾する彼女。遣る瀬ないのに、ゆりを見ると馬鹿らしく感じちゃってどうしようもないんだ。
『大丈夫だよ、ちゃんと周助も好きだから』
「“も”は好ましくないって分かってる?」
『そんな我儘言わないのー』
「我儘はどっちだろうね?」
『女の子は我儘が取柄だもんね』
「じゃあ何?差し詰め僕はゆり専用の執事くらいなの?」
『やだー!それ良いかも…周助もサエもアタシの執事とか超素敵』
「そこは周助だけで良いって言わなきゃ」
『ふふーん』
ぎゅうう、効果音が付いちゃうくらいに腕にしがみついてくるゆりの頭を撫でてあげれば7限のチャイムが鳴り響いた教室。
こんな似たような毎日の繰り返し、絶対的に変わらないことは僕と佐伯が彼女に愛を送ってるということ。
( Story.02 End )