01
初夏らしい強い日差しと、高くなる湿度が、もう夏が直ぐそこまで来ていることを肌に感じさせる。
そんな毎日も、中間テストが終わって、期末テストまでの僅かな時間を迎え、気持ちは簡単に穏やかになる。
「ゆり、ぼーっとしてたらダメじゃん?」
『あ、サエだ!』
屋上で一人小さく体育座りをしていたゆりに、当たり前に声をかければ、不手腐れたような表情から、嬉しそうな笑顔になるゆりの存在が、代わり映えない毎日に確かな色をつけてくれている。
「“あ”じゃないだろ?次は選択だから呼びに行ったのに、ゆりが居ないから心配したんだからな」
『だってさー、周助が私のチョココロネ食べちゃったんだもん』
隣に屈みながら、ゆりの視線に俺の視線を合わせる。
そんな俺を、その目に映しながら、少し膨れながら一人でいた理由を話すゆりは、それだけでも可愛い。
でも、やっぱり納得いかないな…『甘いものが好きなわけでもない癖にさ…酷いよね』なんて、腕を伸ばしてるのは俺なのに、口にするのは不二のことなんて、そんなことを許容できるほど、俺が優しい男だって、ゆりはそう思ってるのか?
もしも、ゆりがそう思っているなら、俺はそんなに優しくない、と教えてやらないと、な…。
「ゆり」
『んー、なあに?』
ゆりの髪に触れていた指は、風に揺れたゆりの前髪を掻き分けたら、そのまま髪から頬に滑らせる。
「俺が目の前に居るのに、ダメじゃん?俺をフリーにしちゃ」
まるで“俺だけ見てろよ”とでも言うように、空いていた右手も柔らかい頬に添えたら、ワザとらしく至近距離まで近づいて、ゆりと俺しか居ないのに、耳元で内緒話をするように言えば、途端にクスクス笑い出すゆりはやっぱり可愛い。
『もう、サエは…』
「なんだよ?」
『なんか、一人で怒ってんのがバカらしくなるじゃん』
「んー、俺としては不二に怒ったまま居てくれても良いんだけどな」
『なにそれー』
「さあ、な……ゆりが俺だけを見てたら良いと思う、ってことかな?」
『もう…』
いつだって、本気で伝えてる俺の言葉。
でも、ゆりはいつだって、冗談めかしにしか、聞いていない。
「俺の本気にゆりが気付くのは、いつだろうな?」
敢えての言葉。
それでも、ゆりはいつも通りに笑ってて、『サエのこと、私も好きだけどね』なんてさ。
そんな曖昧な「好き」じゃ満たされない俺の気持ちをどうしてくれるんだ?
『ね、次の選択』
「ん?」
『このまま一緒にサボりませんか?』
可愛らしく、小さく首を傾げながら聞いてくる姿はモロ俺好みで、つい頷きかける。
「ゆり、」
『はーい?』
「さっきの授業もサボったんだろ?」
『うん』
「だったら次は出ないとダメだろ?」
『でも、さっきはサエと一緒じゃなかったでしょ?』
「まったく…ゆりには困ったよ」
そんなこと言われたら、ついつい甘やかしたくなるのが男ってもんだろ?
ワザとなのか無意識なのか、そんなことさえ、どうでも良くさせるから困るんだよな…。
『ねーサエ、いいでしょ?』
「そうだな、いい加減…ゆりが俺を名前で呼ぶって約束するなら考えてもいいけど、どうする?」
『えーっ…!』
前からずっと腑に落ちなくて、何度もゆりに言ってきたこと。
どうして不二が『周助』で、俺は『サエ』なのか…。
正直、今までよく俺が許してたと思う。
「たった四文字だろ?」
『んー…なんか、今更過ぎて恥ずかしいんだよね』
「そうか?」
『そうだよ、もういいじゃん“サエ”は“サエ”なんだし』
「んー…、やっぱりダメだな、俺が納得できないし」
『えーっ…、だってサエの名前長いんだもん…』
「は?」
そっぽを向いて、そんなコトを言ったゆり。わざとらしく逸らした視線と、少しだけ赤い耳。
名前が長いとか、なんだかんだ理由をつけては絶対呼ばない俺の名前。
…そこにゆりの恥ずかしさが込められてるって、自分に良いように勘違いするけど、いいんだよな?
『もう、サエ!置いて行くよ』
一人の思考に陥っていたた俺を呼び覚ます、ゆりの声。
さっきまでの仕草も無かったように、いつもと変わらないゆりが笑う。
「ダメだろ、ゆり。まったくゆりは何回言ったら分かるんだ?」
『はいはい、サエをフリーにしませんよー、ああ!チャイム!』
笑って言ったゆりに、“俺だって、ゆりをフリーにしないよ”そう返そうと開いた口。出しかけた言葉は響いたチャイムに掻き消された。
『サエ、チャイムなった!これはもうサボり決定?』
「急ごうか、ゆりちゃん?」
『えー…じゃあ、走れないから、おぶってよー、サエたーん』
「はいはい、仰せのままに…」
いつだって主導権はゆりが持っていて、それでも俺は、ゆりに好きだと言い続ける。
そんな毎日が、俺とゆり、それから不二の日常。
( story.01 End )