神崎一は不機嫌だった。今なら睨みだけで人を殺せるんじゃないかってくらい、元から悪い人相をもっと歪め屋上への階段を上がっていた。ダンダンズンズンとうるさく足音を立て、静かな廊下に足音が響く。何とか側近の二人の前では冷静を保っていられたが、一人となった今ではそんな必要もなく、ズボンのポケットに手を突っ込みながら荒々しく足で屋上の扉を開けた。ここは聖石矢魔だし、今は授業中である。例え先客が居てもそれは不良だろうと思い、扉が壊れるんじゃないかというくらいに力を入れた。




「何だ、神崎じゃねーか」

しかし、屋上に居た予想外な人物に、思わず神崎はパチパチと瞬きをして目を擦った。そんな神崎の様子にどうしたんだと首を傾げるのは、バイトの虫である東条。学校に居ること自体稀だが、この東条と言う男は学校に居るなら何故か授業にはきちんと出る。だから神崎はまさか東条が居るとは思わなく、思わず立ったままポカンと見つめた。

「ん?神崎?」
「・・・・・・あ、あー」

二度目となる東条からの呼びかけに、神崎はやっと我に返る。

「・・・何でてめえが、居る」

何とかそれだけ言うと、東条は人懐っこく笑った。

「今日はバイトねーんだよな。つーか、クビになっちまった」
「・・・・・・」

またかよ、と神崎は呆れた。ため息をついて、少し近くに寄る。

「授業はいいのかよ?」
「あー、出ようとは思ったんだけどな。遅刻だったし、次の時間からにしようと思ってよ」
「あっそ」

そう言いながら座っている東条を見下ろす。

「どーでもいが、俺は今すっっげえ機嫌が悪いんだよ」
「へえ」
「だから、」

出ていけ、そう言う筈だったのだがそれは言葉にならなかった。何故なら、いきなり東条に腕を引っ張られ隣に座らせられたからだ。突然勢いよく引っ張られ、神崎は尻もちをつく形になる。

「・・・っ、い、って」
「あ、悪ぃ」

顔をしかめながら尻を擦る神崎に東条は笑いながら謝る。元から機嫌の悪かった神崎は、思わず殴りかかった。それを軽くかわしながら東条は神崎の頭を撫でる。

「!?」
「何だよ、機嫌悪いなぁ」

よしよし、と頭を撫でながらあやす様にどうしたと聞いてくる東条。神崎は睨みつつも、こいつになら愚痴を言っても害がないのでは、とそう考えた。城山に言ったら事が大きくなりそうだし、夏目に言えば笑われそうだ。どこにもぶつけられない憤りを、東条にならと柄にもなくそう思った。

「ん?神崎?」

急に黙った神崎を不思議に思い、東条は神崎の前で手を振ってみる。

「・・・・・・何か悩みでもあんのか?俺で良かったら聞くぞ?」

東条のその言葉が合図だったかの様に、神崎は目の前で振られていたその手をガッと掴んだ。

「?」
「東条・・・」
「おう」
「誰にも言わねえって、約束できるか」

神崎のその言葉に、東条は笑顔で頷いた。
神崎の怒りの原因は、一応恋人である姫川だった。それを知って、また痴話喧嘩かなと東条は思ったが、どうやら今回はいつもとは少し違うらしい。少し目に浮かべた涙に、感情移入しやすい東条は姫川め、とよく分からないままに恨んだ。







事は、神崎が一人でヨーグルッチを買いに行っている時だった。廊下を歩いていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきて思わず足を止めた。

「姫川、と・・・古市?」

声のする方を覗き込んでみると、姫川と古市が廊下で立ち話をしていた。珍しい組み合わせだな、と面白く思い観察することにした。

「古市じゃねーか、ぶつかってくんじゃねーよ」
「あ、すんません。・・・それより、男鹿の奴見ませんでした?」
「あ゛?見てねーよ」
「そうですかー」

何だ、古市は男鹿探しててぶつかっただけか、とその場を離れヨーグルッチを買いに行こうとした時だった。

「てか、姫川先輩」
「んだよ」
「よく校内、聖石矢魔の校内でどうどうとそんな本持ち歩けますね」

古市のその一言に、神崎は再び様子を見る。姫川が横に抱えていた本、それはまぁ、一言で言えばエロ本だった。思わず絶句する。

「あー?んなの人の勝手だろ。つか、そこの空き教室で見ようと、今封を開けた所だっつの」
「はあ」

古市は苦笑いで頷く。自身をヨゴレと称する古市でも引くものもあるのか、と神崎は思った。あと姫川死ね、とも。

「でも、神崎先輩に見られたら・・・怒られません?」
「あ゛ー、多分な」

いきなり自分の名前が出て驚くも、何とか声を出さないように口に手を当てた。

「でもま、俺も男なわけだし」
「まあ、それは否定しませんけど・・・」
「つーか、俺は元からゲイなわけじゃねーんだよ。女の柔らかい体が恋しくなる時もあんの」
「え、浮気してるんですか!?」
「してねーよ。殺すぞ!・・・それを耐えるためのコレだろーが」

二人の話を聞きながら、俺だってゲイじゃねーわ!と神崎は青筋を浮き立たせた。しかし、神崎の機嫌がここまで悪くなったのは別の理由の様で・・・。
黙って話を聞いていた東条は神崎の頭を撫でながら首を傾げたのだった。






「何と言うか、姫川全開だな」

言いながら東条は苦笑した。目の前で神崎は眉をしかめそっぽを向いている。

「あのクソフランスパン。女好き。死ねばいいんだ・・・っ」
「うんうん」

頷きながら、話の続きを促す。

「それで、神崎は姫川がエロ本持ってたのに怒ってたのか?」

そう訊くと、違う、とポツリと呟いた。んじゃ言ってみろ、と優しく頭を撫でる東条の手を神崎は無意識かきゅっと握った。それに東条は心の中でおお、と驚く。

(何だか、猫みてー・・・)

不謹慎ながら東条はそう思った。


「それもだけど、よ」
「おう」
「俺だって、男なわけだからいろいろ分かってるつもりだぜ?エロ本読みたくなるとか、さ」
「おう」

段々と俯いてしまう神崎。

「でもよ、」
「・・・・・・?」
「女の体が恋しいってのはどうなんだよ!?って話だろうが!」

いきなり大声を出す神崎に、東条は柄にもなく驚いた。

「うお!?」
「そりゃ、女と男どっちが好きかって聞かれりゃ、女だよ!当たり前だゲイじゃねーんだからな!」

そう言う神崎に矛盾してないか、と首を傾げるが神崎は続ける。

「でもよ、ならいちいち俺にセクハラとかきもいこと言ってくんなって話なんだよ!」
「・・・あー、あぁ」
「毎日毎日ヤらせろだとか尻触ってきたりだとか・・・・・・!何なんだよ!?」

矛盾している神崎の話を東条は東条なりに理解した。
つまりは、女が恋しいといつつ自分にセクハラしてくる姫川がウザくて、毎日好きだとヤらせろと言ってくるくせに女を恋しいという姫川が嫌なのだ。嫉妬しているのだ。
なるほど、と東条は頷いた。
思いの丈を叫んだ神崎は静かになり俯いてしまった。東条は唐突にその体を抱き締めた。

「なっ!?」

東条のいきなりの行動に、神崎は思わず固まる。東条は自分の腕にすっぽりと収まった神崎の体を撫でた。

「・・・ひっ」
「うーん・・・」
「な、何なんだよ!?」

東条の行動の意味が分からず、神崎は暴れるが東条の馬鹿力には敵わず、結果諦めた。

「・・・・・・東条、きもい」
「・・・俺はよー」
「は?」
「別に神崎が抱き心地悪いとは思わねーけどなぁ」
「・・・・・・はあ?」

東条の発言に、神崎は首を傾げる。

「まあ、脂肪はねーけど・・・肌すべすべだし」
「脂肪って・・・・・・、それ女に言ったら殺されんぞ」
「ん?」

そう言いながら、服の下に手を潜り込ませていた東条の手を抓った。

(つーか、そういうことじゃねーんだけどなぁ)

どこまでも鈍い東条に神崎は一人笑った。それをどう思ったのか、東条はわしゃわしゃと神崎の頭を撫でた。












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