トントンと規則正しくまな板に包丁の落ちる音。コトコトとお湯の沸騰する音。台所から香る良い匂い。それらを堪能しながら、姫川は優雅にソファーに座っていた。テレビで正月番組を見ながら、料理ができるのを待つ。


「神崎ー?」

台所にいる恋人に声をかけると、気だ留げな返事が返って来た。

「あー?んだよ」
「まだか?」
「うるさい。待ってる身のくせに急かすな」

返って来た返事に、片を竦める。別に急かしているわけではない。ただかまって欲しいだけだ。そして、

「かーんーざーきー」
「おわっ!?」

新婚夫婦の様に、料理中、後ろから抱きしめたかっただけだ。
実行したら、神崎は姫川が想像していた以上に驚いた。くつくつと喉で笑い、姫川はすっと離れる。

「驚きすぎだ。あと、急かしてない」
「危ないだろーが!包丁持ってんだぞ!」
「悪い悪い」
「・・・・・・この、かまってちゃんが」

そう姫川を睨みつけ、神崎はまな板の上を見てため息をついた。まな板の上には、バラバラの大きさに切られたかまぼこ。そう、神崎はおせちの用意をしていたのだ。
神崎は料理ができないので、店で買ってきた物を切っているだけだが。それにしれも、乱雑だと、神崎は自分が切った物を見て呆れた。

「・・・・・・はあ」
「どうした」

少し落ち込んだ様子の恋人に、姫川は再度後ろから抱きつき顔を覗きこむ。そんな姫川に、神崎は曖昧に返事を返した。姫川はまな板の方を見て、納得する。

「あぁ、そういうこと」
「・・・・・・お前が切った方がマシなんじゃね?」
「俺も料理なんてしねーからな。変わらねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・ふん」

納得いかない様子の神崎に苦笑して、姫川はかまぼこを一つ食べた。

「おい、つまみ食いすんな」
「うまー」
「お前が無駄に高いの買ったからな」

そう言って切った物を皿にうつす神崎。その作業を見ながら、姫川は大げさにため息をついてみせた。それを鬱陶しそうに見ながら、神崎は訊いてやる。

「何だよ」
「いやー?お前が卑屈になってるからさぁ」
「あぁ?なってねーよ」

そういう神崎の眉間には、いつもより皺がよっている。そういう意地っ張りな所もかわいいと、姫川は頬を緩めた。

















切ったおせちを皿にうつし、机に並べる。姫川もお茶を入れたり手伝いをした。最初はコーヒーを入れようとしたのだが、さすがに神崎に怒られた。そういう神崎も、デザートにヨーグルッチを用意しているのだが。


「よし、正月らしい朝食になったな」
「おー。まさか、姫川と元旦を過ごすとはな」

そう言って、神崎はお茶を飲む。二人が付き合うようになって初めての元旦。付き合い始めた時もどこか他人事のように驚いたものだが、こうしてのんびりと正月を過ごすようになるとは、驚きよりも感心してしまう。

「本当になぁ。・・・・・・ま、俺はずっとこうなればいいって思ってたけどな」

姫川の言葉に、神崎はかあっと頬を赤くした。

「そうかよ」
「おう。さっさと俺に落ちてくれてたら、去年だって一緒に過ごせたのになぁ」
「・・・・・・ふん、今年一緒に過ごせるだけでもありがたく思え、ハゲ」

二年生の頃から神崎を口説いていた姫川は、苦笑する。神崎が切ったおせちをつまみながらまぁ、と続けた。

「今年からは、毎年一緒に過ごせるもんな?」
「・・・・・・てめえ次第だな」
「素直じゃねーの。ま、そういう所がかわいいんだけどな」
「うるさい!黙って食え!」
「おう。このおせち美味いからなー」

満足気におせちを食べる姫川につられ、神崎もハムや栗きんとんを食べる。確かに美味い、と内心頷いた。神崎の家でも毎年豪勢な物がでるが、それに劣ることもない。さすが金持ちと姫川を見る。その神崎の視線に、姫川は首を傾げた。

「どうした?」
「いやー、確かに美味いな、と」
「おう。だろ?」
「・・・・・・ただ、その分、な」
「ん?」
「形が良かったらもっと上手かっただろうよ」

神崎の言葉に、更に首を傾げる。

「さすがに、この見た目は褒められたモンじゃねーだろ」

確かに、神崎の切った物は大きさも厚さもバラバラだ。正直、夏目に見せたら正直に酷いねと言われるだろう。実際、神崎自身が誰より酷いと思っている。それに気付いて、姫川は箸を置いた。

「まったく、神崎って変に気ぃ使うよな」
「・・・・・・別に」
「俺には、これがご馳走なんだよ」
「はあ?・・・・・・まぁ、高いの買ったし」
「違うんだっての。あのな?神崎が手を加えてくれたってのが、大事なわけ」

分かる?と姫川に訊かれ、神崎は首を傾げた。

「俺、切っただけだけど」
「それでもだよ」
「・・・・・・?」
「神崎が用意してくれたってだけで、嬉しいんです、よっ」
「むぐ・・・っ」

そう言って、姫川は煮豆を神崎の口に突っ込んだ。急なことに驚きつつ、煮豆を噛み飲み込む。

「・・・・・・まぁ、てめえがそう言うなら、いいんだけどよ」
「そう。俺がいいなら、いいんだよ」
「へいへい」
「あー、本当、美味い」
「・・・・・・・・・・・・うるさいっ」
「あー、おせちの後は雑煮だよな」
「おう。野菜はついでに切ってあるから」

その言葉に姫川は嬉しそうに笑った。雑煮まで作ってくれるとは思っていなかったらしい。上機嫌な姫川を見て、神崎は居心地悪そうに目を逸らした。

「俺、の家で、作る味にするからな!」
「あぁ、楽しみだ」
「まずくても知らないからな!」
「おう、残さず食べるぜ?神崎が作ったモンならな」
「気障なこと言うな!キモい!!」
「神崎に言わないで、誰に言うんだよ」

口の端を上げる姫川を神崎は目を細めて睨んだ。

「今までどんなけの女に言ってきたんだか」

そう疑いの目を向ける神崎に、姫川は慌てて代弁する。

「俺が女にそんな面倒なことするわけねーだろ?」
「はっ、どーだか?」
「神崎にだけだって、マジで」
「・・・・・・ま、いいけどな」

それっきり黙々と煮豆を食べ続けるのをどう取ったのか、姫川は冷や汗を流しながら情けなく名前を呼ぶ。
暫く無視していた神崎だが、姫川と目が合うとニヤリと笑った。



「じょーだんだよ。冗談」
「・・・・・・神崎ぃ〜っ」

今にも椅子から立ち上がり抱きついてきそうな恋人に、神崎はぴしゃりと言い放った。

「ま、浮気したら即行切るけどな」
「・・・・・・あはは、有り得ねぇよ」

そう言って、口の端を引きつらせた。神崎は満足気に笑う。








「なぁ、神崎ー?」
「んだよ」

二人でソファーに座りながらテレビを見ていると、急に姫川が名前を呼んだ。テレビから目を逸らさず、神崎は生返事を返す。

「酒、飲めるようになったらさぁ・・・・・・。二人ホテルに泊まって、レストランで美味い飯食って、部屋で酒飲みながら年越したいなぁ」
「・・・・・・はあ?」
「ほら、俺ら未成年だから」
「まぁ、そうだけど」
「そんで、元旦には、家帰ってお前のつくった雑煮食う」
「・・・・・・」
「あー、二十歳になるのが楽しみだわ。あ!おせちは店でもいいけどなー」

いきなり腰を抱き寄せられ、神崎は少し驚いたものの、そのまま身を任せた。
姫川の肩に頬を寄せて、呟く。

「そんなにうちの雑煮が気に入ったのなら、仕方ねーな」
「おう、頼むな」




餅が焦げてても、味が濃くても、それでも好きな人の作ったものがいい。







神崎は、嬉しそうに指に貼った絆創膏を撫でた。
















なんか、夫婦になろうと言っているみたいで気恥ずかしい姫神。
てか、うちのサイトの二人はいつも気恥ずかしいか・・・・・・。

仲良く正月を過ごして欲しいです(*´∀`*)





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