四時間目の授業が終った頃、親父から電話がきた。家からの電話、しかも親父からはかなり珍しいことで一瞬面食らうものの、緊急事態かと急いで電話に出た。夏目と城山も何事かと不思議そうにこちらを見ている。
「え、と・・・どうかしたのか?」
「ああ、ちょっと急ぎの用でな」
「・・・揉め事か?」
「違う違う。実は・・・・・・」
下駄箱に向かう途中、廊下で姫川の野郎が向かいから歩いてくるのが見えた。俺は思わず顔をしかめる。姫川は俺に気付くと薄く笑い足を止めた。
まったくもってついてない。俺は姫川が嫌いなのだ。ニヤニヤした笑いに常日頃からイライラしていたが、それよりもこの余裕たっぷりの笑みが何より不快だった。まるでお前の考えなんてお見通しだと言わんばかりの態度で気に食わない。女を侍らしているのだってイライラする。そんな自慢げにされてもこっちはちっとも羨ましくないのに、勘違いして突っかかってくるからだ。
嫌いなら関わらなきゃいいのだが、何が楽しいのか姫川の方から絡んでくるのだ。口を開けば嫌味しか言わないし、ケンカにしかならないというのに・・・。
まったく、意味の分からない奴だ。
「よぉ、神崎じゃん」
「・・・・・・ちっ」
「んだよ、帰んの?」
「・・・だったら?」
「いや、早退とは珍しいなーって」
あとちょっとで学校終わるのにと首を傾げる姫川。不本意だが、早くこいつから離れたくて仕方なく教えてやった。
「親父に呼ばれたんだよ」
「何で」
「・・・・・・見合い」
「は?」
「見合いしろって、呼ばれたんだよ」
「・・・あ?」
何故かいきなり不機嫌になった姫川。ケンカになる前に帰ろうと、姫川に背を向けて靴を履く。お前が見合いって似合わねーとか馬鹿にされるのもムカつくし。
「おい、」
「急いでんだ。じゃーな」
そう言って速足に学校を出た。あいつにかまってると時間がいくらあっても足りない。ケンカは長引くし、ねちっこい。見合いとは言え、親父直々の呼び出しに遅れるわけにはいかないんだ。あれでも組長だからなぁ。
「はぁ、めんどい・・・」
実は、見合いはこれまで何度かしたことがある。家柄的に、というのもそうだったが何より兄貴がのり気だったのが一番だろう。あいつは自分の子供が生まれるやいなや、一の子供が見たいなどと言い出したのだ。そのせいで親父まで少しそわそわしだしたし・・・。本当に、勘弁して欲しい。家柄的な物は、年齢からそれほど本格的な物は少なく、良くしている組同士の顔見せみたいな物が多かった。
ヤクザの娘というのは、周りの環境のせいかどうも勝気で強気な奴が多い。贅沢と言われるかも知れないが、どうも俺の好みではないのだ。顔はどうとか言う気はないが、俺の好みはどちらかと言うと清楚な大人しいタイプで、できれば結婚などは遠慮したかった。兄貴が紹介してくる女はヤクザ関係でないのが主だったが、どちらも年齢的にまだ早いと断ってきた。
一応本音だ。まだ結婚なんて考えられない。高校三年生だぞ?まだまだ遊びたい年頃なんだ。結婚なんて物に縛られるのは御免蒙りたい。いつかは結婚しないといけないなんてことは分かってる。それでも・・・いや、いつかしなければいけないのならばこそ、今は自由にさせて欲しかった。
だが、断りにくい見合いがなかったとは言い切れない。仲の悪い組との見合いがそうだ。関係修復のため、抗争防止のためと言われるとどうも嫌だと言いづらい。
まぁ、それでも有利に終われれば断ることもでき、運が良いことにこちらより上の組との見合いは今までになく、事なきを得てきた。
「で、今回のお見合いはどんな感じなの?」
翌日、教室に入って早々夏目が訊いてきた。色恋沙汰に興味津々なお年頃か、楽しそうな表情が憎い。軽く小突いてから、ため息をつく。
「城山、ヨーグルッチ」
「どうぞ」
「ん」
「ねぇ、神崎くーん」
舌打ちして、夏目を睨む。こういう時の夏目はしつこいのが分かっているので面倒だ。少しは城山を見習って欲しい。
「タイプじゃなかった?」
「・・・その前にする気がねーよ」
まだ高三だぞ。そう言うと、俺も嫌だなと苦笑しながら同意してきた。
「確かに。結婚なんてめんどくさいよねー」
「おう」
「親父さんもお兄さんも、切羽詰ってるの?てか、ヤクザってそういう物だったりするのかな」
「兄貴はただのバカだ」
「・・・あはは」
兄バカってのは本当に手がつけられねぇ。
「今回も、断ることはできそうですか?」
夏目とは違い、城山がどこか心配している風に訊いてくる。見合いを思い出して、俺は机に突っ伏した。
「神崎さん?」
「神崎くん?」
「・・・・・・微妙」
俺の言葉に、二人は目を丸くする。あぁ、嫌だ嫌だ。
「・・・今回、抗争間近な組が相手でよぉ」
「うん」
「・・・・・・こっちが不利になるのは、困るんだと」
「・・・やばいの?」
「五分って所だな」
「そっかぁ」
夏目はそれだけ言うと、項垂れる俺の頭を撫でた。ガキ扱いされるのはムカつくが、今は振り払う気力もない。城山は黙ってヨーグルッチを差し出した。俺も何も言わず飲み終わったのを押し付け、新しいのを受け取る。
・・・ヨーグルッチだけが癒しだ。
もう不貞寝してやろうとした時、教室のドアが乱暴に開けられた。気にも留めなかったが、名指しされれば視線をやるしかない。
「神崎いるか」
少しイラついた姫川の声が聞こえ、だるく思いながらも体を起こしそちらを振り向く。
「あ、姫ちゃん」
「神崎さんに何の用だ」
姫川は夏目と城山を無視して、俺に声をかける。偉そうに顎で促してくるのがいけ好かない。
「ちょっと面貸せ」
「あぁ?」
暫く睨んでも、ちっとも帰る気配がないので仕方なく俺は席を立った。夏目達には待っておくように言って、姫川について廊下を歩く。
「どこ行くんだよ」
「・・・・・・」
「おい?」
「そこ。空き部屋」
短くそう言うと、乱暴に腕を掴んで空き部屋に頬り込まれた。一体何だってんだ。ケンカするのはかまわねぇが、今んとこ売られる理由なんてねーぞ?
不思議に思うが、目の前でドアを閉める姫川はかなり不機嫌だ。殴ってこそこないが、ピリピリとした雰囲気を肌に感じる。
「・・・ったく、何なんだよ」
「・・・・・・」
「てか、今日はさっき会ったばっかだよな?」
「・・・・・・」
確認のために訊いても、返事は返ってこない。呼んでおいて何だこの扱いは。俺も気が長い方じゃない、というかかなり短い方なので早くも我慢の限界が近付いてきた。
だいたい、姫川が相手ってだけでイライラするっつーの!
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