休みになり、俺達は四人で町から少し離れた海に来ていた。まだ春なので泳ぐのには早いがいつもは釣りをする人間で溢れているらしい。今日は俺達以外釣りをする奴はいないがな。
「わぁ、・・・人いないねぇ」
「貸し切ったからな」
「沖釣りなのに?」
「別にいいだろ」
相変わらずだねーと笑う夏目を無視して、道具を選んでる神崎と城山の方へ向かった。道具も全部俺の方で用意した。
「城山、これ何だ?」
「確か、ガン玉ですね。オモリです」
「ふうん?」
「何だ神崎、釣りは初めてか?」
「あ?・・・・・・そうだけど」
「ふーん」
まだ神崎とはどこかぎこちない。無視こそはされないが返事は素っ気ないし俺の方をあまり見ようとはしない。
「神崎くんー!はやくはやく!」
「・・・へいへい」
いち早く道具を選んだ夏目は一人船に乗って神崎を急かした。
「全員乗ったなー」
神崎と城山、夏目がいるのを確認して、今回運転を任せる執事に声をかけた。
「もういいぞ。出せ」
「かしこまりました」
船が動き出すと、神崎はおおと体を揺らした。どうやらお気に召したらしい。まるで子供だな、と壁にもたれながらその様子を見る。すると、突然夏目が声をかけてきた。
「あぁ、神崎くん嬉しそうだね」
「! 何だ」
「ん?神崎くん見てたんでしょ?」
「・・・・・・別に」
否定する俺を無視して夏目は続ける。
「神崎くんって、喜んでる時は子供みたいだよねぇ」
「・・・まぁ」
「かわいいよね」
「・・・・・・」
チラリとこちらを見ながら呟く夏目。無意識に肩が揺れた。何故だが居た堪れなくなって、それを誤魔化すように夏目を睨んだ。
「は?お前、目ぇ腐ってんじゃね?」
「えー?そうかなぁ」
「ピアス野郎がかわいいとか、ねーよ」
「あ、転びそう」
「・・・・・・てめえ、そういう気でもあるのかよ」
「ん?・・・違うけどさ、神崎くんかわいいんだもん」
「きも・・・」
「素直じゃないなぁ」
呆れた様に言って、夏目は神崎達の方へ走って行った。転びそうな神崎を支えながら頭を撫でている。
「・・・チッ」
神崎は軽く睨みながらもその手を振り払わない。俺は舌打ちして、釣竿を掴んだ。
「てめえら、じゃれてねーで釣りしろよ。釣り」
「ああ、そうだよね!やろうやろう!」
「神崎さん、釣竿をどうぞ」
「おー」
各自釣竿を持って並ぶ。俺はさり気なく神崎の隣に座って、釣竿を垂らした。神崎は釣りに気を取られて俺が隣に座ったことは気にしていないみたいだ。この間海釣りをしたという城山と話し込んでいる。
「これって、沈んだら引っ張ればいいのか?」
「あ、はい」
「そういや、こないだ何釣った?」
「えーと、タイとかアジが多かったです。カサゴとか釣ってる人もいましたが」
「へぇ」
頷きながらケラケラ笑っている神崎だが、一応ウキから目を離さない。
「それにしてもさ」
「あ?」
ふちに夏目が声をかける。見ると、小刻みに肩が震えていて口元を押さえている。どうしたんだ?
「城ちゃん、釣り・・・・・・似合うねぇ」
言われて神崎も城山をじーっと見る。確かに、改めて見ると、違和感がなさすぎる。高校生が釣りをしているようには見えない。休日の父親って感じだ。
俺も思わず噴き出した。
「くっ、くく・・・・・・」
「そんなにおかしいか?」
「違う違う!おかしいんじゃなくて、似合ってるんだってー」
「う、うむ・・・?」
「ね、神崎くんもそう思わない?」
「あ?・・・あー、まぁ、な」
「?」
歯切れの悪い神崎に俺は首を傾げた。夏目も不思議そうに神崎を見ている。神崎は城山から視線を外して、ウキをじっと見つめた。
釣りを初めて三時間くらい経過しただろうか、各自量は違うが順調に釣れていた。特に城山が一番釣っているんではないだろうか。次いで夏目。その次が俺と神崎、か。
釣った魚はたまに執事達にさばかせてつまむ。残りはホテルに持ち帰って調理してもらう計画だ。
「いやー、案外釣れるもんだねー。特に城ちゃん」
「人が良さそうだから魚が騙されるんじゃね?」
そう言ってからかうと、夏目もそうかもと言って笑った。城山は、自分のウキを気にしながら神崎のことも気にかけていて俺達の話は聞いていない。まったく、どこまでも神崎しか見てない奴だ。
「ねぇ、聞いてよ神崎くん。さっき姫ちゃんがねー」
夏目がケラケラ笑いながら神崎に話しかけるが、神崎はぼーっとして返事すらしない。それを心配して、城山が顔を覗き込む。
「神崎さん?」
「神崎くん、どうしたの?」
側近二人に呼ばれ、神崎はゆっくりと二人の方を向いた。
「・・・横になりてぇ」
「船酔いですか!?」
「あー、ちょっと顔青いかな?」
大丈夫?と夏目が席を立とうとした時、夏目と城山の釣竿に魚がかかった。それを見て、俺は一瞬だけ迷い立ち上がる。
「姫ちゃん?」
「いいよ。かかったんだから釣っとけ。俺が中に寝かしとくから」
「す、すまん・・・」
「わかった。お願い」
心なしかぐったりとしている神崎の腕を掴んで立たせる。
「立てるか?」
「おー・・・」
「ほら、中に寝る所あるから」
そう言って神崎の体を支えながら歩く。船の揺れもプラスされてか神崎はフラフラとしていて危なっかしい。顔を覗き込んでみると、確かに少し青かった。
「そこに寝ろ。水かなんか持ってきてやる」
そっと簡易ベッドに寝かせて、側に置いてある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して渡してやる。ついでに、執事に吐き気止めの薬を用意させた。
「ほら、薬飲め」
「ん・・・」
「・・・大丈夫か?」
「んー」
「・・・・・・」
コクコクと薬を飲む神崎を見る。船酔いってのはかなりつらいらしいからなぁ。悪化しなければいいが・・・。
「もし辛くなったら言えよ」
「へー、きだ・・・」
「無理すんな、船酔いは辛いだろ。・・・・・・つーか、神崎って船乗ったの初めて?」
訊くと小さく頷いた。・・・それは、仕方がない、か。
「とりあえず、横向きに寝て・・・吐きそうだったら我慢せずに吐け」
「・・・・・・」
「吐いた方が楽になるみたいだしな」
「わ、かった・・・」
俺は頷いて、軽く神崎の頭を撫でた。ピクリと神崎の肩が揺れる。
「あ、悪い」
「な、に・・・っ」
「辛いかと思って、つい」
「・・・・・・」
「あー、何か欲しい物あるか?」
「ない」
「そうか。・・・・・・じゃ、俺は戻る、から」
そう言って立ち上がる。夏目達と相談もしないといけないしな。部屋を出る時、チラっと神崎を振り返ると、眉をひそめて目を瞑っていた。・・・寝れるといいけど。
夏目達と話して、陸に戻ることにした。量としてはけっこう釣ったしな。神崎も辛いだろうし、ホテルでゆっくりしようということになった。
「城ちゃん、そんな落ち込まないで」
「俺のせいで神崎さんは・・・」
執事達に指示を出し戻ると、城山は神崎が自分のせいで船酔いしたと落ち込んでいた。それを夏目が苦笑しながら励ましている。
「神崎くん、最初の方は楽しそうにしてたじゃない。酔ったのだって、きっとついさっきからだよ」
「・・・あぁ」
「ほら、神崎くんの様子見に行こう?」
「そうだな」
二人はそう言いながら神崎が寝ている部屋に入っていった。それを見ながら、俺は呆れる。
「何もあんな落ち込まなくてもねぇ」
と言いつつ、俺の頭には辛そうな神崎の顔が浮かんでは消える。
・・・隣に座っていながら気付かなかったとは。そりゃ、どっちかってーと城山と話していた方が多かったけど、それでも気付く機会は何度もあった。
変に大人しいとは、思ってたんだよな・・・。
ため息をついて、俺も神崎の様子を見るため部屋に入った。
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