中学生の時のことだ、帰り道コロッケを頬張りながら、まるで何てことのないような感じで、男鹿は言った。
「好きだ」
古市が好きだ。と言った。
その時俺は、男鹿は俺以外に親しい奴がいないから、友情を勘違いしてるんだなぁ、と思った。
実際、男鹿に好きだと言われたのはそれっきりで、特に普通の友達と変わらない関係(少し暴力的だが)が続いている。
「はー、疲れた」
そんな幼馴染みは、今、俺の横でため息をついている。
ヒルダさんの記憶喪失騒動から解放され、男鹿はゆったりとした(?)日常を取り戻しつつあった。
「まぁ、でもやっぱ可愛かったよなぁ。あのヒルダさん」
「はぁ?どこがだよ、疲れただけだっつーの!」
「まったく、お前が羨ましいよ。どんだけラブコメイベント独り占めにしてんだよ!」
「意味わかんねー」
羨ましい、と言いつつも、俺は複雑な心境だった。
男鹿は、以前と違って、他人とコミュニケーションが取れるようになってきて、そのうえ、何でかモテ始めて・・・。
以前だったら、俺がいなきゃ独りだったくせに、最近は別行動してても、男鹿の周りには人がいる。
喜ぶべきことなのに、何故だか、胸がチリチリと痛む。
今日だって、朝男鹿を迎えに行けば、ヒルダさんに弁当やら鞄やら、世話をやかれていた。
教室に着けば、邦枝先輩が声をかけてきて・・・、俺は横で黙ってその光景を見ていた。
俺って、男鹿の何なんだろう。
いや、幼馴染みなんだけどさ。うん。
俺が男鹿にやってきたことを、やってくれる人が他にもできて、俺の役目っつーか、出番は少なくなってきた。
それがちょっと寂しいなんて、悲しいなんて、どうかしてる。
中学生の時、男鹿に好きと言われたけど、あの時は何とも思わなかった・・・。
それなのに今は、あの言葉の意味が気になってきた仕方がない。
そして、それ以上に、まだ、俺のことを好きでいてくれているか気になるだなんて・・・・・・。
あー、頭痛い。
「おい、古市・・・?」
急に黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、男鹿が顔を覗きこんできた。
「どうした?」
「あ、いや・・・、悪ぃ」
「は?」
「何でもないからさ、うん」
自分に言い聞かせるように、笑う。
男鹿は一瞬顔をしかめると、いきなり腕を掴んできた。
「へ?」
「てめえ、最近変だ」
「変じゃねーよ」
「変だ。・・・体調悪いのか?」
「・・・・・・っ」
駄目だ。
目頭が熱くなる。 泣くな、俺。ここで泣いたら、駄目になっちまう。
今まで培われたきた友情を壊したくなくて、男鹿との時間を失いたくなくて、今まで耐えてきたのに。
俺は、ただの幼馴染みでいいから。
お前の特別じゃなくていいから。
このままじゃ本音と涙がこぼれそうで、ぎゅっと目を瞑れば、腕をひっぱられ、
俺はすっぽり男鹿に抱きしめられた。
「お、が・・・?」
「どうしたんだよ、古市・・・っ」
心配そうな男鹿の声。心なしか震えている。
同時に、ぎゅうっと俺を抱きしめる腕に力を入れる。
「男鹿・・・・・・お、れ・・・俺はっ」
「古市?」
俺は耐えられず、男鹿の胸で泣いてしまった。
叫ぶかのように、号泣した。。
自分への不満。男鹿への気持ち。
号泣しながら、とても高校生の言葉とは思えない、たどたどしく情けない告白を、
男鹿はずっと黙って聞いてくれた。
泣いて泣いて泣きじゃくって、ようやく羞恥心が帰ってきた。
言ってしまった、好きだと。
男鹿が好きだ、と嗚咽をもらしながら告白した。
恥ずかしくて顔を上げられない。男鹿の胸にしがみつくような形で、恥ずかしさを誤魔化すために鼻をすする。
くしゃり、と急に頭を撫でられ、思わず顔を上げた。
「あ・・・」
そこには、今まで見たこともない、優しく微笑んでいる男鹿がいた。
どこか嬉しそうに、何度も俺の頭を撫でる。
「男鹿・・・?」
「ごめんな」
「へ?」
「気付かなくて、ごめんな」
声音まで優しくて、またじわりと涙がにじむ。
「古市」
「?」
「安心しろ。忘れたのか?中学生の時のこと」
「男鹿、・・・覚えてたのか?」
「当たり前だろ?」
て言うか、それって
「俺の気持ちは、今も変わらねぇよ。ずっと変わらず、古市が好きだ」
だから泣かないでくれ、と少し困ったように笑う。
本当だろうか。
欲しかった言葉が、こんなに簡単に、こんな情けない俺に与えられていいのだろうか。
男鹿の気持ちを、俺がもらってもいいんだろうか・・・。
いろいろ頭に浮かんできたけれど、取り敢えず今は、男鹿の喜ぶ顔が見たかったので、
「どうしよう・・・・・・、嬉しすぎる」
出来る限りの笑顔を返した。
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