事件は、床に転がる一本のたばこから始まった ――――












「あ?」

姫川は自販機から戻ると、床を見て首を傾げた。それに同室の相沢と陣野が気付いて、ああと意味有り気に頷いた。

「それ、てめえじゃなかったんだ」
「俺なわけねえだろ。こんな物に金使うかよ。・・・てめえらのどっちかじゃねえのか」
「違う違う。俺とかおるもついさっき戻ってきて、誰だって話してたんだよ」

な?と横の陣野を見て相沢は話をふる。それに軽く頷きながら、陣野は参考書に目を通していた。まさに学生の鏡である。
三人が話をしている物とは、床に落ちている一本のたばこの吸い殻。誰がここで吸っていたのか知らないが、部屋にも微かにたばこの臭いがした。ふうん、と姫川はその吸い殻に興味をなくし、今は不在の神崎と城山のベッドを見る。

(城山・・・は、あんまイメージがつかないな)

そう思い、なら神崎だろうと勝手に納得した。
その時、病室のドアが開き神崎と城山、そしていつどこで召喚したのか知らないが夏目も後ろに居た。神崎は、病室に一歩足を踏み入れると露骨に顔をしかめた。そして立ち止まる。

「・・・・・・・・・・・・」
「どうしました?神崎さん」
「神崎くん?」

後ろにいる側近二人も首を傾げている。部屋の中の三人も、今までは帰って来たことにも反応しなかったが、夏目達の声に何事だと神崎を見た。

「・・・・・・チッ」

舌打ちをすると神崎は大股で中に入り、姫川達の前に立つと腕を組み静かに三人を見下ろした。何事かと三人は神崎を見る。夏目達も後ろからその様子を見守った。

「てめえら、正直に言え」

神崎の言葉に、三人ははあ?と頭にクエスチョンマークを浮かべる。何が神崎を不機嫌にしたのかは知らないが、三人にしてみればどうでもいいことだった。陣野は参考書の続きを読みたかったし姫川は携帯をチェックしたい。相沢だって、やることはないが寝たかった。無視してしまおう、三人がそう考えた時、神崎はゆっくりと床に落ちているたばこの吸い殻を指さした。


「誰だ。たばこ吸った奴は」


その発言に姫川が、ああ吸ったのは神崎じゃなかったのか、と考えた時、神崎は大きな声で怒鳴った。

「誰だ!?二十歳にもなってねーのにたばこ吸った奴は!!たばこと酒は二十歳になってからって法律知らねーのか!!!」

同室の誰かがたばこを吸ったと勘違いした神崎に、怒る前にいやいやいや、と三人は心の中で突っ込んだ。

「しかもちょっと部屋がたばこ臭くなってんじゃねーか!!あーもーっ!!」

そう言いながらよほど嫌なのか神崎はダンダンと床を踏む。そんな神崎の様子を見て、夏目と城山は落ち着いてと怪我を心配して止めた。


「あー、・・・神崎じゃなかったんだ。たばこ」
「俺なわけねえだろ!相沢死ね!」

そして姫川の方を向くと、ギロリと睨む。

「てめえか、姫川」
「何で俺?違ぇよ!つーか真っ先に俺を疑うな!」
「てめえが一番胡散臭いんだよ!」
「何ぃ!?」

そのやりとりを見てケラケラ笑う相沢を今度は睨む。

「次いでてめえが怪しい」
「え、俺!?」
「変なサングラスしやがって!」
「そこ!?」

焦りつつも俺じゃねえよと否定されると、今度は陣野を睨んでじゃあてめえかと問う。

「俺じゃない。庄次ならともかく」
「いや、何で!?」
「つーか、それ俺達が居ない間に捨ててあったみてーだぞ」

姫川の言葉に、神崎はがなった。

「あ゛あぁぁあ!?なら俺達がいない間に誰かがここに入って来てたばこ吸って吸い殻捨ててった、ってことか!!?」
「お、おう・・・」

神崎の勢いに押されつつも姫川は頷いた。

「んなバカなことあっかよ!つーか誰が来たってんだ!?精神病院でもあるまいしっ」

そう言いながら姫川の胸倉を掴みぐわんぐわん揺らした。












気の済むまで怒鳴ると、神崎は呼吸を整えて三人に説教をし始めた。

「だいたい、てめえらなぁ・・・・・・いくら不良だからってやって良いこと悪いことがあるだろうが」

完全に三人の内の誰かを犯人と決め付けた発言だが、怒ったり反論することはできず、三人はまるで神崎を地球外生物でも見るかのような目で見つめた。


(いやいや、てめえその面で説教しちゃう?お前が一番たばことかやってそうな面してっぞ?・・・・・・実はいい子ちゃんか!)

と心の中で突っ込む姫川。

(何で神崎なんかに説教されてんだろ、俺。え、てか神崎そういうのには厳しいわけ?臭いも嫌で未成年が吸うのも嫌なわけ?本当に不良なのこいつ)

相沢は苦笑いで神崎を見る。

(まさか神崎に説教される日がくるとはな。俺が吸ったわけではないが。しかし・・・、こいつがこんな常識的なことで怒れるとは)

陣野は参考書を閉じた。
三人が心の中でそんな風に思っているとは知らず、神崎は続ける。


「たばこって奴はな、てめえらが思っている以上に身体に悪いんだよ」

はあ、と三人は曖昧に頷く。

「しかも吸ってる奴以上に、周りに被害がいく。吸ってる奴がどうなろうと知ったこっちゃねーが、そのせいで周りに迷惑かけんじゃねーよ!バカ野郎共!!」

いつの間にか犯人は三人になっていた。それだと一本のたばこを三人で回したことになる。気持ち悪いなと、姫川と相沢は顔を青くし陣野は露骨に嫌そうな顔をした。
言われてばかりだった姫川が、ここで口を開く。

「つーか、俺達だけ疑ってんじゃねーよ。そいつら、城山と夏目はどうなんだよ」

姫川の反論に、相沢と陣野は頷く。神崎はギロリと姫川を睨んで、当然とばかりに言い放った。

「こいつらがたばこなんか吸うわけねえだろ」

神崎の後ろで城山は強く頷き、夏目は余裕の笑みを見せた。

「いやいや、何でんな身内に甘いんだよ!?」
「城山はたばこ買うくらいだったら弟達に菓子の一つでも買ってやるわ!」
「あー、城ちゃん家は大家族だもんねー」
「・・・夏目は!?」

姫川はギロリと夏目を睨んだ。別に、相沢と陣野、姫川の三人は仮にも不良なのだし、潔白なのだからここで神崎に疑われようと構わないのだが・・・。それでも何故か反発してしまうのだった。理由は分からないが。
まあ、相沢と陣野は夏目の余裕な笑みが気に入らないのもあるし、姫川は特に理由もなく神崎と衝突していたのだから仕方がないのかもしれない。


「・・・このたばこ、俺らがいねえうちに捨ててあったんだろ?」
「ああ」

陣野が頷く。

「なら、俺と一緒に出て戻ってきた城山はもちろん、見舞いに来て病室に来る前に合流した夏目が吸えるわけねえだろ」
「神崎がまともなこと言った!?」
「んだと姫川ゴラァ!!!」

思わず声に出した姫川を神崎は殴る。

「てーか、俺達が神崎くんに嫌われるようなこと、するわけないじゃんねえ?」
「まったくだな」

神崎の後ろで笑う側近二人を相沢は軽く睨んだ。そして小さく呟く。

「神崎のどこが良くてくっ付いてんだか」

その呟きはほぼ周りに聞こえなかったが、夏目だけはそれを聞き取った。そしてピクリと片眉を上げると、いつもの笑みのまま相沢に詰め寄る。

「神崎く〜ん」
「あ?」
「俺、相沢が怪しいと思うなぁ」
「いやいやいや!何で!?」
「いやー、相沢って胡散臭くない?」
「お前の笑顔より胡散臭くねえよ!」

神崎は姫川から離れると相沢に顔を近付けた。

「な、何?」
「んー?」

相沢の問いには答えずより顔を近付けるとすんすんと匂いを嗅いだ。
犬か、と思いつつ相沢は神崎を凝視する。

「・・・たばこの臭いはしねえなぁ」
「あ、それ確認してたの」
「え〜、消臭でもしたんじゃないの?」

そう言って相沢から離すように神崎を引き寄せる夏目。ジタバタと暴れるが夏目は放さない。それを城山は呆れたように嗜めた。

「神崎さんを放せ夏目」
「えー」
「ほら、放せよ!バカ!」
「ちぇ」

仕方ない、という感じで放しつつ相沢に黒い笑みを向けた。

「神崎」
「あ?」

そんなやり取りを無視して、陣野は神崎に声をかける。

「んだよ」
「お前は、犯人を見つけてどうしたいんだ?」
「あぁ?」
「ここでたばこを吸ったのが誰か分かって、小一時間説教でもしたいのか?」
「・・・・・・ああ、それか」

そう頷くと神崎はそうだな、と少し考えてから真顔で言った。

「とりあえず、俺ん家の奴らん中にでも放り込むかな。俺の周りで吸ったって言えば・・・・・・ま、こき使ってもらえるだろうよ」

神崎の言葉に、さすがに三人は青ざめた。

「ヤクザの中に放り込むってか!?バカか神崎!!」
「お前どんだけ過保護に育てられてきたの!?」
「ツッコミはそこか、庄次。しかし、・・・それは地獄だな」

これは絶対に無罪を証明しなければと、三人は焦った。

「つーか、最初からこうしたらよかったな」

焦る三人を無視して、神崎は陣野に近付いた。そして相沢にしたように匂いを嗅ぐ。何だこれはと陣野は半目になり、神崎のつむじを見た。

「ん〜、匂いしねえな。やっぱ」
「そう?」
「おう」

頷きながら今度は姫川に近付いて匂いを嗅ぐが、ん?と首を傾げた。

「・・・・・・何だよ。早く離れろ」
「てめえ・・・香水かなんか付けてるだろ」
「あ?・・・それがどうした」
「そのせいでよく分かんねえんだよ!」
「知るか!」
「やっぱてめえが怪しい!」
「俺じゃねえ!つーか、早く離れろ!きめえんだよ!」
「あ゛ぁあ!?」


ヤクザの巣窟に入れられそうな姫川に、相沢と陣野が心の中で合掌したその時、




「あらぁ」

病室のドアが開き、一人の老人が入ってきた。
当然、皆固まってその老人を凝視する。

「何だ、人居たのかぁ・・・」
「・・・・・・え、と」

夏目が声をかけようとすると、老人は床にある吸い殻を拾いさっさと出て行った。茫然とそれを見守る。

「あー、あの人が犯人だったんだねえ」
「いったい何だったんだ」
「ボケてたのかねえ」
「さあな」
「・・・・・・疑われ損じゃねえか。つーか、いい加減放せ神崎!」

他の皆が覚醒する中、未だ神崎は姫川のアロハシャツを握りしめて老人が出て行ったドアを見つめていた。しかしふるふると震えはじめたかと思うと、勢いよくドアを開け大声で叫んだ。



「病院は禁煙だああああああ!つーか携帯灰皿くらい持てやコラァ!!!」








暫くの間、陣野と相沢、姫川の中で神崎いい子ちゃん説は消えなかった。

















ギャグ目指してみた(`・ω・´)キリッ←
神崎くんはいい子ちゃんだと思うー!





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