「トリック オア トリート」
学校で会って一言目がそれだった。
神崎は、ポカンと口を開けて姫川を見る。当の姫川は満面の笑みで仁王立ちだ。
「・・・何」
かなりの間を開けて、神崎はようやくそれだけ口にした。
「何って、ハロウィンだろ?」
「・・・・・・」
神崎はやれやれとため息をつくと、ゴソゴソとポケットを漁り出した。何だと姫川はそれを見る。
「ほれ」
そう言って、神崎はポケットから取り出したクッキーを姫川に投げた。コンビニで売っているクッキーだ。姫川はあからさまに顔をしかめる。
「・・・・・・何で用意してんだよ」
「変態対策だろーが」
「変態って・・・。てか、コンビニの菓子かよ」
せめて手作り、と眉を下げる姫川を神崎はきもいと一蹴した。それでこそ神崎だよねと姫川は諦めた様子で頷く。その目には少し涙が溜まっていた。
「おい、姫川」
神崎に呼ばれ落ち込んでいた姫川は顔を上げる。何だと見ると、神崎の顔はニヤニヤと笑っていた。姫川は首を傾げる。
「トリック オア トリート」
まさか神崎からと驚いて暫く呆けたが、姫川は覚醒するとやはり首を傾げた。
「・・・もう一回言って?」
「・・・・・・トリック オア トリート」
「え、神崎がイベント事に参加とか珍しくね?」
「どうでもいいだろ」
ムスッとした表情で菓子よこせと言う神崎。
「あー、今貰ったクッキーは・・・・・・ダメだよな」
「当たり前だ」
「ううーん・・・」
「はっ、てめえのことだ、ふっかける側なつもりでしかいなかったんだろ」
「・・・まぁ」
「菓子、持ってねーんだな?」
途端楽しそうになる神崎に姫川の頬も少し緩む。
本当は、神崎にイタズラをしてあんな事やそんな事を楽しもうと思っていたのだか、神崎からしてくれるのもたまにはいいか、と思ってのことだ。されるがままの自分に油断している所を襲ってやろう。そう姫川は企てニヤニヤと笑った。
「えー、神崎くんは俺にナニしてくれんの?」
「まぁ、待ってろ」
そう言って携帯を確認すると背を向けられて姫川は首を傾げた。
「神崎?」
「俺ん家行くぞ」
その言葉に、これは本当に襲えるかもしれない。そう姫川が思った時だった・・・。
「てめえ、今日一日二葉の馬な」
予想外すぎる期待を裏切る言葉に姫川は焦る。
「へ!?」
「んだよ、不満か?」
「不満ですけど!?仮にも恋人だよね俺達!」
「だから?」
「普通ならベッドに行って、」
「てめえはそればっかか!万年発情期がっ」
神崎は叫ぶと、落ち着こうと小さく咳払いをした。
「とにかく、決定だからな」
「・・・えー」
「文句言うな」
「・・・・・・」
不満そうについて来る姫川に、神崎は眉をしかめて小声で呟いた。
「・・・今日一日、俺といれるんだからいいだろーが」
恥ずかしいのか、言うだけ言うと速足で先に行ってしまう。後ろから見た耳は赤く染まっていた。姫川は一瞬遅れて、神崎に駆け寄る。
「どーせなら二人っきりがよかったなぁ」
「贅沢言うな」
「夜は二人っきりだよな?な?」
「・・・・・・てめえの頑張り次第だ」
「素直じゃないの」
さっきとは違い、姫川は鼻歌でも歌いそうに上機嫌だ。
その隣で、神崎も小さく笑った。
(2012/10/31)