幸福論番外編
我らの兵長の朝は早い。
そして、夜は遅い。この人はいつ寝ているんだろうか。
「…エルド、兵長って不健康ですよね?」
なまえがおもむろにそう呟いた。俺もそう思う。俺はいつも仕事終わりにはこの場所で珈琲を飲みながらなまえとその日の振り返りをするのが日課だ。
振り返りといっても、兵長が猫を可愛がっているのを見てしまった、オルオが最近兵長の口調を真似るようになったけど全然似合ってない、グンタがなにやら美人と会話をしていた、など酷くどうでもいいことだ。
でもなまえと話すのはとても楽しい。
そして、今日の議題は兵長の睡眠時間について。彼女が眉を下げながらため息を付く。
「兵長、いつか身体を壊すんじゃないかって思うんですよ」
「努力家だからな、あの人は。」
「せめて夜は早く寝ればいいのに…。」
兵長が寝ているところは俺も滅多に見ない。朝は誰よりも早く起きて、昼は会議だの実践演習だので駆り出される。そして夕食を済ませれば自主的に筋トレをしにいく。
よっぽど忙しいのか。
なまえも絶対駄目ですよね、何て言って血相を変えて机を叩いたもんだから俺はあぁ、とため息を漏らすことしか出来なかった。やけに自分のことのように心配するなまえに少しだけ驚かされる。
すると、ゆっくりと扉が開いてその話題の主が登場した。
「…お前ら、まだ起きてたのか。早く寝ろ。明日も早い。」
丁度いいことに、その話題の当の本人が自分のことを棚にあげて彼がそう言ったものだから思わずクスリと笑えば、軽く睨まれた。
「兵長こそ早く寝てくださいよ、いつも遅いんですから。」
そう言いながらなまえは珈琲を差し出した。それから、俺たちに挨拶をして部屋から出ていく。
兵長はそれを横目で見届けながらなまえの入れた珈琲を啜った。
「…アイツのは毎度濃すぎる、」
毎日寝付けないのは誰のせいだ…、と舌打ちをしながらそれでも兵長は珈琲を口に注ぎ込む。俺は一瞬スルーしそうになったその言葉を頭で反芻した。
"毎度"と言った。しかも、"アイツの"って。
そしてこの間俺が兵長に珈琲を入れようかと訪ねたときにこだわりがあるから、と遠慮されたことが思い返される。
思えば兵長はいつも他の団員が尋ねれば断るけれどなまえは当たり前のように珈琲を差し出している。
そしてなまえと共に行って買ったらしきマグカップを独特の持ち方で持つ兵長に、思わず笑みが零れた。
「でも兵長は夜もお仕事がお忙しいのでそれ位が丁度いいんじゃないですか?」
俺は濃いのは苦手なんですが、と少しからかい口調で付け足せば、まぁそうだなと言って兵長は空のマグカップを洗い始めた。
先ほどの血相を変えて兵長を心配するなまえといい、濃いと文句を垂れながらも"毎度"珈琲を飲み干す兵長といい、全くこの人たちは夫婦か、と突っ込みを入れたくなった。
濃い位が丁度いい
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