『幸福論』if
必死の形相で彼女をさがす。そしてその姿を捉えることができた。
ソコには血まみれになって倒れる彼女。馬を降りて駆け寄って手を握ればそれは微かに暖かい。
「へい…ちょ、う」
「オイ、なにやってやがる。寝転がってる暇なんかねぇだろ?違うか?」
「すみ、ませ…」
「喋るんじゃねえ。血が足りなくなるぞ、」
すると彼女は微かに笑ってリヴァイの腕の中に倒れこんだ。ちょうど前方に撤退を示す煙弾があがるのを捉える。
リヴァイは彼女を抱き抱えて全速力で、でも揺れないように彼女の身体を固定して馬を走らせた。
「…死ぬな、死ぬんじゃねえ…。」
不思議だ。人間というのは窮地に立たされないと分からないことがある。
どうして今まで素直に彼女に気持ちを伝えることが出来なかったのだろう。"愛しい"というたった4文字のこの感情さえ伝えることが出来たのならば。リヴァイは今まで生きてきた中でこんなに激しく後悔をしたことはないだろう。
同時に生きてくれと願うことしか出来ないリヴァイは自分への無力感を闘争心に変えて前へ進み続けた。
生暖かい感触と、鉛のような身体の重さに苦しさをおぼえる。重い瞼を開ければ暗い闇に眩いほどの光が溢れ落ちた。
「なまえ」
鼓膜が聞き覚えのある音を感知して脳に伝える。ことを理解するには少しの時間を有した。
「あの、わたしは…、」
どうして寝ているんですか、
そう聞こうとした瞬間、言葉は詰まる。目の前にいる彼に身体を包まれて衝撃を受けた為だ。もしかして夢を見ているのだろうか、いや、傷がズキズキと痛むんだから夢であってたまるか。
「あの、痛いですよ」
「我慢しろ」
リヴァイが尚も抱き締め続けるので、なまえは無理やり塞いでいるであろう傷口の痛みに耐える。だが、同時にその痛みは変えがたい快楽のようにも感じられた。
確かに、生きていると実感する痛みだ。
「…わたし、死んでいない、んですね、」
頬に生暖かいものが伝い、落ちることなく彼の親指に拭われた。また、彼に触れられた頬には熱が集まる。
「死なせるものか。」
そしてその後に彼の口から紡がれたたった4文字の言葉はなまえを笑顔にするには充分過ぎるほどのものであった。
だからなまえも負けじと涙を溜めながらゆっくりと言葉を伝える。
「兵長、大好き、です。」
生きていて良かった。それだけでこんなに幸せなことはないのだと。二人は額を寄せて笑い合った。
今ここで、言葉にしよう
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