目を開けるとそこはやけに明るかった。とても眩しい。俺はここでなにをしているのだろう、答えを教えてくれるものは誰もいない。

ただ、むせ返るような暑苦しさと変な汗で背中がベタつく。気持ちわりぃ。





「…大丈夫ですか、部長…!!」



すると一人の女が血相を変えて覗き込んできた。

誰だコイツ。視界も思考もがぼやけている。
でも俺はコイツを知っていた。こんな焦った様子で、俺がなにをどうしたっていうのか。


「意識が戻られて何よりです…!」



かと思えば目の前でニコニコ笑っている。やっぱりその顔には見覚えがあった。そこでふと、今まで自分に起こった事の顛末を理解する。たしか俺は、



「屋上から落ちちゃうなんて、本当に心配しました…、」



屋上?
なんのことだ。



全く意味が分からなかった。

それに反して頭の中には広がる草原、荒野、森。じゃあ記憶にうっすらとこの光景はなんなんだ。





「なあ、俺は誰だ。」


「な、何言ってるんですか…、部長は部長じゃないですか」




そういってコイツの口から出てきた言葉は俺の想像していたものとは違って東洋的な、発音すらしにくい音だった。その名前が本当に俺のことを指す固有名詞なのかすら怪しい。

ソイツによると俺という人間は剣道部の部長をしているらしい。でもそう言われてもやっぱりしっくりこない。俺には、別に名前があるのだから。



そして、身体は覚えていた。空を駆けるあの感覚、自然の摂理に反して、縦横無尽に駆け回って刃を振り回して、





「飛べる気がした。」


「え…、」


「俺には翼があった。」




目の前のソイツは目を丸めてこちらを凝視する。俺はこの目を知っている、そうだこの不安げな目は、



「なまえ、」





その単語を口に出せば薬のにおいの空気中にポツリと浮かぶ。今までとはうって変わった心地良さと、言い様のない不安な思いに駆られた。




「へい、ちょう…?」



"兵長"

そうだ、それは紛れもなく俺のことだ。
そして目の前のコイツは、俺の目の前で息絶えたハズの部下だ。どうして忘れていたのだろうか。



「兵長、本当に兵長ですか…、」



ポロポロと涙を流すなまえ。
今ではもう名前も国籍も歳もなにもかも違う。

でも確かにコイツは俺の手からすり抜けていったなまえだ。守りたかったモノだ。




「おまえは、ずっと知ってたのか…?」




なまえは静かに頷く。目から流れた一筋の雫はひどく美しかった。




「この世界はやけに生ぬるいな。」

「…そうですね、たまに平和すぎて嫌気がさします。兵長とあの世界の存在に気付いてからは私だけが皆とは遠い世界にいる気がして。」




この蒼い深海のような眼差しはなまえの孤独を物語っているようで。

この緩やかな世界で、あの恐ろしい獣に襲われる恐怖を知っていることはどんなに辛かったのだろう。きっと俺には想像も出来ないほどだ。


「なまえ、守れなくてすまなかった。」

「兵長…。」




ポツリと放った一言は弱々しくて、今にも消えそうだった。これが"元"人類最強だなんてあきれてしまう。

しかしなまえは俺とは違って静かに笑っていた。






「私たちにはもう翼はありません。でも、」

「…、」




「自由、ですから。」






ニコリと笑う彼女をみて、俺もつられて涙を流した。飛べなくても、羽ばたけなくても、俺にはコイツがいる。今度はもう、離さない。







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