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授業終了のチャイム。ぱらぱらと登校していたクラスメイトもまばらに下校していく。
二月中旬ともなった今だと、登校している三年生は少なくなっていた。用事があるわけでもなしオレも帰宅するかと鞄を持ち、校門のほうに向かう。

ふと、背景に馴染まない髪色に足が一瞬止まってから、そのままその人物のもとへ足を運んだ。
誰かを待つように校門に寄りかかっている、鮮やかな赤い髪に声をかける。
「桜木」
「…おお、やっと来たな、じい」



結局あれから桜木とは何もなかった。リハビリ中の桜木に恋人紛いのようなことまでして、それでも最後の理性で桜木を所有するのが怖くなってから、自ら突き放すように会うのをやめてしまった。それからたまに顔を突き合わせたときでも、オレたちの態度は変わらなかった。


やっと、という言葉に少し反応する。

「オレを待ってたのか?」
「おう。…これ」

手に持っていた紙袋をそのまま寄越される。手つきはあくまでぶっきらぼうだ。
オレが手に取った揺れでがさりと中のものが音を立てた。中を覗いてみても中のものも紙で包まれていて中身はわからなかった。オレが受け取ったのを見届けてから、桜木は息をひとつついた。

「…。いらなかったら捨てろ」

「…何だ?これ」

「……チョコ、…じ、じいも受験勉強でトーブンが足りてねーんじゃねーかと思ってな、この天才が施しを…」

チョコ、の言葉に少し驚く。
わざわざこの日に待ち伏せて渡すのがチョコレートなんて、桜木に限ってまさかとは思いつつも、しかしそれでも思い当たるのは一つしかない。
今日はちょうど14日だ。

「…チョコ…、まさか、バレンタインか?」

今度は桜木があからさまに動揺する。耳まで赤くして、ぐう、と観念するように顔を逸らした。

「…何故だ?」

ぴくりと桜木の瞳が動いて、芯の強い目で俺を見据える。

「…なぜって、…」
「……いや、すまない。ありがとう。ちゃんと食う」
「………おう」

少し気まずい空気が流れて、それから急に桜木が気合いを入れるようにきっと顔を上げて、オレのマフラーを掴んでオレの顔を引き寄せる。
この距離で桜木を見るのは、久しぶりだった。あの病室を思い出した。

「…オレ、じいのこと、ちゃんと好きだったよ。
…じいが、そーじゃなくてもよ」

囁かれるように告げられた言葉に、思考が止まる。反応できないオレを置き去りにして、桜木はパッと手を離した。

「…そんだけ。…ソレのお礼とか、いらねーから。じゃーな」

鞄を持ち直した桜木は、オレに何も言わせぬまま振り切るように走り去ってしまった。
頬を撫でる風の冷たさに気がついたのは、心臓が切迫を打って、躰の内側がじくじくと熱くなっているからだった。
擦り切れたと思っていた恋心が見ないふりをしていたぶんだけ醜く肥大していることに、そのとき初めて気がついた。
辛いほどの熱情に気づかない真似ができるほど大人にもなりきれなくて、渡された紙袋を一瞥する。
観念するように自覚してしまった。
好きだなんて言葉では足りないくらい、今、どうしようもなく桜木が欲しかった。







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