それはまるで泳ぐように



俺は気持ちを伝えることは苦手じゃなかったが、赤木はそうではないようだった。
付き合ってからも赤木が好意を伝えることは稀で、とくに身体接触をしているとき俺がこぼれるように好きだと言っても、赤木はたいてい頷くだけだった。
生来の不器用なのだ、と照れ臭そうに頭を掻くときの顔が好きだったから、別に俺はそれでも構わなかった。

もう何杯目かわからないグラスを置いて、俺達は同時に息を深く吐き出した。
それは溜息というよりは、この瞬間を実感するような。

「そろそろ出るか」という赤木の言葉に、俺は頷いた。
よく見ると、赤木の頬もほんのり紅くなっているような気がした。色のついたライトしかない薄暗い店内だとそれも覚束ない。
自分の頬に手を当てて、そういえば俺も少し酔っているかもしれないと、ぼんやりと思った。いつしかに赤木に「お前の肌色は赤みが分かりにくい」と言われたことがある。それが酒を飲んでいたときかセックスしていたときかは、もう忘れたけど。あるいはその両方かもしれない。

赤木が伝票を持って立ち上がったから、俺は水滴で濡れきっているグラスの水を半分ほど飲んでから立ち上がった。入ったときに出されたそれは、もう氷も溶けきって冷たくはなかった。それでもぬるくもなかったのは、店内の冷房が心地よく効いているせいだろう。
ちょうど扉に手をかけるところだった赤木の後ろについて同時に店を出た。外で待っていることはあまり好きじゃなかった。というより、赤木と一緒にいるということを実感したいからかもしれない。
店の外に出るともう夜は暗暗として、まだ夏にはなりきらない時候の湿度を帯びた夜風が体を滑りぬける。
手を握りたいな、と思って赤木のほうを見た。
手を握ることは好きだった。肩を組むより簡単なはずなのに、まるでそれはキスより特別な行為であるような気がしていた。
俺より少し高い視線と目が合って、太い腕に指だけ掠める。赤木は反応しない。
言葉にされなくても今日は駄目だということがわかったので、素直に手を下げた。

酒を飲みながらキスがしたくなっても、俺達は家に帰るか、人目のつかない路地裏に逃げ込んでからじゃないとそれを実行できない。
赤木は酔うことと恋人の皮膚を味わうということを関連付けることができない男だったが、俺がキスするときに自分にその一瞬身を委ねるのは好きだと、前聞いたことがある。

「なあ」
「何だ」
「触れたい」

赤木は外で直接的な言葉を使われるのをきらった。ぼかした言葉は本当はもっと直接的で、肉欲的だ。

「…帰ったらな」

帰途を進む。赤木の耳が赤いのは、多分酒のせいだった。街灯の少ない沿路を並び立って歩く。
お互いに歩幅は小さくないのに、こういうときいつもよりゆっくり歩いていることに、赤木が気づいているのか俺は知らない。
例えこの愛が不適当であっても、俺はそれなりに幸せで、赤木も俺と同じ気持ちで、それだけでいい気がした。
アルコールでとろりと煮える体が、生ぬるい夜風と混ざりあってゆく。夜と同化してゆく。







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