夜風に耽る


例えば、おれがもういい、と断ってしまえば、それで終わる関係だった。

姫川は飲んでいた缶のビールを傾けながら、「これからどうしますか」とこちらに視線をよこす。いつもと一緒だ。

「帰って、シャワーを浴びる」

これも、普段の流れと一緒だ。姫川の家でシャワーを借りてもよいのだが、それだと何か拭い去りきれない気がした。
まるでルーチンのように、おれ達は同じ夜を繰り返している。いや、正しくは違うけれど。湿った空気もその密度も、あるいは姫川の濡れたような黒髪が肩にかかって艶っぽく靡いてるのも一緒なのだから、そう捉えても変わりはない。

男の前だから遠慮することもないのか、姫川は一糸まとわぬままの姿で自然にしているが、姫川の裸体は男目に見ても美しい。肌のきめ細かさとかその白さとか、そういうのもそうだが、その体にうねる筋肉の美しさ。緻密に纏われる脂肪。確かに、姫川のことを人が完璧だと呼ぶのも頷けた。なんだか急に場違いみたいな居心地の悪さが襲ってきて、視線を外した。

その姫川がなぜおれを抱こうと思ったのかは、未だに聞いていない。
もともと金がないときはそういったウリもやっていたが、それを姫川が知っていたのかどうかは知らない。いきなり、
「ねえ、ぼくに抱かれてみませんか」
と声をかけられて、何だったかなんとなく付き合ってやって、それがずるずる今でも続いている。

「おれ達、いつまでこうしてるんだろうな」

姫川に言ったものではなかった。独り言のつもりだったが、口から漏れるように発していた。

「嫌ですか」
「嫌、というより、何かの間違いなのではないかと、今でも思う」
「ふふ…」

姫川はいつもの微笑を浮かべている。

「ある意味では、ぼくは、あなたのことを気に入っているんですよ」
「こんなことをしているのにか」
「ぼくも、こんな形になるとは思わなかった」
「____」
「でも、不思議と、あなたならそうなってもいいかなと、思った」
「なんだか、後悔してるみたいだな」
「そうですよ。ぼくは、あなたにこういった情を持つつもりはなかったのに…」

姫川は少し笑って、空になった缶を置いた。そういった動作ですらこの男は水が流れるように滑らかに行う。

帰る、と一言言って、姫川の高そうなマンションを出た。熱を発散させたあとだと言うのに、帰り道、なんだか風が寒かった。
染み付いた孤独が、内側からおれを糾弾しているようだった。




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