嫋やかな荊

グラスから滑り落ちる水滴が、木製のテーブルを濡らしている。飲み始めたのは何時間前だっただろうか。酒が飲みたい気分になって、一人で飲むのはつまらないからとフドウを人馬宮に呼んだ。潰れないようほどほどで飲んでいるといっても、そろそろ俺も限界だった。横に座るフドウも少しばかり色づいているように見える。フドウのすらりと長い指が髪を耳にかけると、同性の俺にも色っぽく見えた。ただ座っているだけならやはり美人だなあと柄にもなく感嘆してしまう。
「星矢?」
「ああ、何だったっけ」
「羅喜に…嫌われているのでしょうか」
「ふ、怖がられてるんじゃないか」
「そうだろうか…」
フドウは嘆くようにふうとため息を吐く。伏し目がちのオッドアイにはエキゾチックな色香があった。長い睫毛も、艶のあるくちびるも、俺には無いものだ。
「私に何かついていますか」
じろじろと見すぎていたのか、フドウがこちらを窺う。気づかれたのが少し恥ずかしくもあってごくりと酒を喉に通した。
「いや、改めて見ると美人だなあ…と…」
フドウは一秒ほど黙って、それからゆっくりと応じた。「よく言われます」
「へえ」言う相手がいたことに少し驚いた。どういう相手に言われているのかにもよるが。
「しかし、星矢から言われると、…、むず痒いような気持ちになります」
「そうか」嬉しいという意味なのか判断がつかなかったが、それよりも気恥ずかしい気持ちが勝ってへらりと微笑んで誤魔化した。「貴方もそうでしょう」
「? 何がだ」
「ああ…見目の良さを、言われ慣れているだろうと」
「…俺がか?」
気恥ずかしさと驚きで聞き返すとフドウは当然のように頷く。「馬鹿言うな」
「わざわざ言わないのかもしれませんね」
「何でそんな…」
「美しいですよ。貴方は、とても」
長い指が、俺の頬を撫でる。有無を言わせない紫と金の瞳が、俺を射抜いている。フドウがいかにも当然といった顔で言うから、俺が照れてしまう。
「…お前が言うと、本気に聞こえる」
これほど真剣に人から容姿を褒められたことなどない。居心地の悪さから視線を逸らすと、不意にフドウが黙った。フドウが顔を寄せる。唇が触れ合っている、と気づくまでに時間がかかった。
「ん、む…」
ついばむような短いキスを数度されて、予測不能の事態に脳が働かないままろくな抵抗もできないうちにフドウの顔が離れていく。
「っ、は…、何故だ…?」
「言葉だと、おそらく伝わらなさそうでしたので」
「お前がしたかっただけか?」
うわついた頭を落ち着かせながら聞くと、フドウはいつものように読めない笑みで「ふふ。」と笑った。
「…それとも、そういう意味か?」
「貴方がしたいのでしたら」
そう聞かれると困ってしまうな。しかし、少なくともやられた分くらいはやり返さないと気が済まない。
形の良い唇に吸い付く。自分からしてみると、柔らかさがよくわかった。フドウの反応を確かめながら、徐々に深くしていく。ふう、という自分の呼気がやたら大きく感じた。フドウは抵抗しない。その余裕の面を剥がしたかった。舌を絡ませ合うと、脳まで溶けていくような錯覚を覚えた。
「…ベッドで続き、しよう」
「積極的ですね」
「煽ったのはそっちだろう?」
案の定、断られなかった。引っ込みがつかなくなっている。よせばいいとわかっているのに、楽しんでいる自分もいた。
ベッドに押し倒す。抵抗のされぬまま衣類を剥ぎ取っていくと、滑らかな筋肉のついた褐色の裸体が露わになった。脂肪は少ないのに艶めかしく見えるのは何故だろう。月光が青白くフドウの体に映えて、筋肉の隆起が繊細な陰影をつくっている。神の化身であるからか、戦いの絶えない聖闘士であるというのにその身には一つの傷もなく、外国の映画の女優みたいだ、と思った。その時ふと、何もかもが違うと感じた。アテナの聖闘士だという共通点で繋がっているだけで、本来は交わることのなかった相手だということをまざまざと認識する。それが寂しいのかは、よくわからない。
星矢、と呼ばれて乞われるまま軽いキスを重ねる。体に触れるとしなやかな筋肉の力強さがある。美しい獣のような肉体だった。
応酬のなか、気づけばフドウに主導権を握られている。ふわふわとした快楽の陶酔のままに身を任せていると、フドウの手が俺のシャツの中に入ってきた。するするとたくし上げられる。シャツとジーンズを脱がされながら、こいつが俺を求めていることがすごく奇妙に思えた。フドウにこういった興味があったことも意外だし、それが俺相手に向けられてるのが。
いつの間にかオレの方が押し倒されている。下着だけにされて、なんだか本当に喰われてしまうような錯覚を覚えた。その下着も手早く取り払われてしまうと、唐突に心許なさが押し寄せる。女同士だというのに、妙にはずかしい。
「綺麗ですよ」
フドウが囁く。
「傷だらけだろ」否定するように言うと、フドウは意味がわからないといった顔で首を傾げた。「だって、こんな…見苦しい体」
そうだ、傷を見るたびにこれは聖闘士の勲章であると自分を奮い立たせていた。女という肉体に一つづつ傷がつくたびに、自分でもよくわからない何かを失う代わりに、それが俺の鎧になっていたのだ。
「見苦しいところなど、どこにありますか」
そう言って、フドウは傷の一つづつを撫でていくように、俺の体を確かめる。そして左胸の一番大きな傷に唇を寄せた。
「神の傷か」
他の傷より一等大きく、刺し貫かれたその痕は、ハーデスの剣で斬られた時のものだ。
フドウは慈しんだ眼で傷跡を舌でなぞる。ぴりりと感覚が走る、それは痛みではなく、体を火照らせるような。浮かされている。俺らしくもなく。
体をいいようにされて、感覚を余すところなく刺激されて、俺が悶えるさまをフドウは楽しそうに眺めていた。怖かった。上限のない興奮が、まるでずっと落下し続けているみたいだった。すがりたくて、フドウの顔を引き寄せてキスをせがむと、フドウは宥めるみたいな穏やかさで応えた。
フドウは月光を背負って、俺を見下ろし微笑む。人間離れした美貌だった。とんでもない相手に手を出してしまったかもしれないと、感情の入り混じった涙が出ると、フドウは舌でそれを舐めとって、ごくりと飲み干した。






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