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その場所は、「聖域」と呼ばれていた。ギリシャにあると言われているが、その場所を実際に知るものは殆どいない。それはこの世界の禁忌だったからだ。わたしの棲む場所は、その中でも十二宮と呼ばれるうちの一つ、処女宮と呼ばれた神殿だった。実際に十二あるのかは知らない。ここを果てとするわたしにとっては、知る必要も無いことだった。

わたしはこの世界において、天使と呼ばれていた。神の御使とは区別される、種族としての天使だった。いわゆる異形の一つであった。わたしの背中からは大きな羽根が生えていて、不思議な力もあった。長寿のなかで、わたしを崇める人間もいたし、畏怖する人間もいた。例えば人魚の肉なんかと同じく、他の異形と同様に天使の羽根や肉体も稀少として珍重される傾向にあった。もっとも今日においてはわたしたちの存在も幻の類とされて、実際にその存在が信じられることは殆ど無くなっていた。
「聖域」は、そういった異形を収容するためのシステムであった。何故存在するのかは知らない。ただそれが随分と昔からあって、歴史の裏に脈々と存在してきたのを何となく知っていた。聖域の存在は禁忌であるとともに、穢れることのない神聖でもあった。



ここにわたしが連れられてきた時から、わたしがここで知る相手は一人だけであった。それは自らのことを星矢、と名乗った。飼育員のようなもので、身の回りで必要なことは全て彼が管轄するらしい。彼以外にそのような役回りの人物がいるのか、わたしは知らなかった。ここで見ることのある他者が、彼しかいなかったからだった。
彼もまた、人間ではなかった。ここに於いてはそれが普通なのかもしれない。目印のようにいつも同じ白衣と赤いシャツを身につけていたが、下に履いているジーンズの先からは蹄が伸びていた。白衣の内側からたまに覗く尻尾とを見るに、人馬の類であろうとわたしは考えていた。彼に確認したことはない。私語を禁止されているわけではなかったし、実際に彼もわたしによく話しかけたが、彼は自分の話をするのが好きではないようだった。もっとも彼がわたしに話しかけるのも観察の一環なのかもしれなかったが、変わりのないこの場所では彼との会話はわたしにとって数少ない娯楽の一つであった。



ここでの暮らしは、安全で安穏で安定していたが、つまらないと言ってしまえばそれまでであった。しかし外界にここを出たいと思えるほど興味もなかったため、ここから出る気にはならなかった。十二宮に出入りを阻むような鍵などなかったが、何かが逃げただのそういった騒ぎを耳にしたことはなかった。出るのを拒んでいないだけかもしれないが。

処女宮には、わたしがいつも座す煉獄のほかに、清らかな竹林と広い花園があった。わたしはそこに棲まう住人だった。どうやらこの十二宮は守護者によってその様相を変えるらしく、他の宮はもっと景色の違うようだった。実際に見たことがあるわけではない。星矢が以前そう言っていたから、そうなのであろうと思っているだけだ。その内容から、どうやらこの処女宮以外にも異形の棲まう管轄があるのであろうと。大牛や化羊の話は以前聞いたことがあるから、それらもここの何処かに棲んでいるのだろう。もしかしたら、わたしの話も何処かでされているのかもしれない。



天使は、人の信仰心を糧として生きる。非常に長命だが、力を使い果たすと弱って死ぬ。その源は簡単に尽きるものではないし、時の流れで自然に回復するものだが、天使とは他者に尽くすのを目的とする種族であった。わたしがここに棲むことになったきっかけも救済のために力を使い過ぎ弱っていたところを匿われたからだった。
世界に歪みの生じ、それを力によって直したところまではよかったが、力を使い果たしたわたしは光の粒になって、そのまま滅びゆくはずだった。それがどういうわけか、(星矢の云うに)「聖域」の意思によって復活し、今こうしてここに座すこととなった。わたしが目覚めた時から、彼はそこに居た。出会った時から、彼が取り乱したり感情を露わにしているところを見たことがなかった。もしかしたら彼はわたしが思うよりずっと長く生きているのかもしれなかった。






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