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ヒーターを入れてから、ベッドの上に星矢を指示する。器具の準備をしている間に、服を脱いでおいてもらう。「下も?」「お好きに」

ものの数分ほどだが、こちらの準備が終わる頃には先に脱ぎ終わったらしい星矢が手持ち無沙汰そうにしていた。結局全部脱いだようだ、恥じらいは見られない。

「デザインはどうする?」
「任せるよ。お前が決めてくれ」

「ふむ…」改めてじっくりと彼の体を観察する。そこでようやく星矢は少し恥じらったように身を震わせた、尤もそれがどこまで意識的なのかもわからないが。

彼の容姿と印象を参考に、頭の中でシミュレートする。例えば花などの美しく飾るものよりは、自然の中にある力強いものがいい。特に、そう、彼のイメージに合うもの。「羽はどうですか」

「羽?」
「鳥、あるいは天使の羽のような。それを、背中に」
「構わない。しかし何で羽なんだ?」
「理由があるわけではないが…貴方からそういうイメージを受けた」

星矢は含みがあるように「ふふ」と笑って、ごろんとベッドに横になった。「いいぜ。気に入った」

「短剣はどこにしましょうか」
「じゃあ、その羽を突き刺すように」

星矢は軽くそう答える。事も無げな言葉だったが、わずかに感じた確かな意思にきっと彼なりの暗喩があるのだろうと直感した。

冷えないようにと下半身に毛布を掛けてやってから、施術用の黒い手袋をつけて、ひた、と彼の背中に触れる。どうやらタトゥーを入れるのは初めてらしい。イメージを固めるため体を観察したとき、左胸の大きな傷跡以外には傷らしい傷もなかった。

「寒くはないですか」
「ああ、平気だ」

拒まれることもないだろうと半ば確信してうつ伏せに横たわる彼の上に跨ると、星矢はひっそりと熱く息を吐いた。まるで情夜を匂わせるような。

彼の体のバランスを見ながら、少しずつ下絵を描いていく。背中を大きく覆う、力強く大きな羽。それから、それを突き刺すような黄金の短剣。羽自体は黒一色で構わないだろう。
一通り下絵を描き終えると、マシンを起動して、針の先を皮膚に押し当てる。下絵をなぞるように主線を引いていく。「んん…」

「痛いですか?」
「まあ、多少」

針を動かしていくうちに、痛みに喘いだというよりは少し驚いただけなのだと気がついた。現に彫っていても、あまり態度に変化は見られない。痛みに強い体なのだろうか。

「話しかけないほうがいいか?」
「いえ、構いませんよ」

星矢はふうん、とゆるく息を吐いた。眠気と陶酔の間にいるのか、うっとりと落ち着いているようだ。

「ハービンジャーのタトゥーが、すごく繊細だったから。誰にやらせたのか聞いたら、お前の名前が出た」
「雄牛のものですね」
「そう。牛がいいなとは言ったが、正にあんな感じだった」

厳めしく地を駆ける雄牛。彼の左胸にかけて大きく描かれたそれは、確かに私が彫ったものだった。私が、彼のイメージで彫ったもの。

「あれは、彼の通り名から?」
「そう。タウラス。あいつにぴったりだからな。力強く、獰猛で、それでいて芯があって…」
「惚れ込んでいますね」
「裏表がない人間というのは、好感が持てる。だからあいつには人が集まる」

確かに星矢の言うことは正鵠を射ていた。裏の世界を束ねる人間だと言うのに、ハービンジャーはどこか潔白で、彼の信念には信じられるところがあった。頭が回らぬわけではないのに時として彼は幼気なほど愚直だった。だからこそ私や星矢のような人間とも屈託無く交われるのだろう、とも。
星矢が彼に懐いているのも、ハービンジャーのそういった面から来ているのだろう。そう直感的に理解できるのは、私がハービンジャーの性分を好意的に見ていることもまた同じだからだった。彼は魅力的で、尚且つ信じられる。

「この部屋、不思議な匂いがするな。あまり嗅がない匂いだが、いい香りだ」
「香を焚いています。いつも焚いているものですが、リラックス効果もあったかと」
「へえ、道理で」

アウトラインは引き終わったから、ぼかしで陰影を描いていく。
絵だったものがだんだんと生命力を帯びていくにつれ、私の背筋にはぞくぞくと恍惚が走った。
星矢の背に力強い翼が生えていく。不思議とそれは、なんだか神秘的な説得力を持っていた。

「答えたくなかったら構いませんが。羽に何か思い入れがあるのですか?」

聞くと、星矢は聞き返すように目線をこちらにやったが、少しばかりした危惧とは裏腹に彼に動揺した様子はなかった。

「それを聞くなら、短剣の方かと思ったが」
「二人の秘密でしょう?踏み込むつもりはありませんよ」
「何だ、つれないな。まあそっちは話せることでもないしな」

星矢は落ち着いたまま、私に身を預けている。もう羽は彫り終わって、後は短剣の色付けのみだ。

「ハービンジャーの前の…なんて言うのかな、雇い主が。俺のことをよく呼んでいたんだ、黄金のペガサスと」
「黄金の、ペガサス」
「そう。それを思い出して」

ペガサス。不思議と、彼にしっくりくる表現だと思った。それがどこから来る納得なのか、自分でもわからなかったが。
短剣の金色も入れ終わって、タオルで一通り拭き上げる。星矢の背中に大きく伸びた羽と、それを貫く黄金の短剣。完成してから改めて全体を見ると、まるで本当にそこにあるかのような錯覚を受けた。それは技巧がどうとかではなくて、星矢の背にあるものとしてあまりにも似合いすぎていたから。

「終わりましたよ」

起き上がらせて、鏡で背を見せると、星矢はいたく感動していたようだった。

「怖いくらいだ」
「お気に召しましたか」
「ああ、勿論。ありがとう、報酬は…」
「それならもう、ハービンジャーから多すぎるくらいの額を受け取っています。半ば娯楽としてやっていることだから、不要だと言ったのですが…」

私が首を振ると、星矢はそうか、と一つ頷いた。納得しているように見えたが、これもハービンジャーと同じで借りを作りたくない手合いだろうな、と思った。

星矢はベッドに腰掛けたまま、施術中横に置いてあったままの衣類に袖を通す。脱ぐ際に簡単にまとめられてはいたが畳み方は丁寧とは言えないものだったから、白いシャツに少しばかり皺が寄っていた。
その際、背中に入れたタトゥーも服で隠されてしまうと少し寂しい気持ちもあった。矛盾して、服で隠された部分にあれが横たわっているのだという事実に対する倒錯した悦びも。ハービンジャーに彫った時は抱かなかった感情だが、星矢の背中に彫った翼はおいそれと人目に触れて欲しくはなかった。自分で彫ったものを見られたくないと言うのも、おかしな話だが。

「暗くなってしまいましたが、この後のご予定は?」
「迎えは、頼んでないんだ。連絡すれば来るとは言っていたが」
「何か食べますか。腹も空いたでしょう」
「いいのか?…じゃあ」

軽いものくらいなら出せるが、私も腹は減っていたし、何かデリバリーすることにした。食事のメニューをいくつかと、ワインを二本。頼んでから数十分ほどで届いたそれをダイニングのローテーブルに並べ、グラスにワインを開ける。星矢はハービンジャーが座っていた二人がけのソファに深々と座って、グラスを受け取った。






 

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