羊水を飲む



ぎち、と縄が肉体に食い込んでいる。脅かす目的ではないものの、しかし痕の残る程には強く締め付けるその縄は、じわりじわりとまるで蛇が巻き付くように、跪く男を蝕んでいた。
縄を巻いている張本人であるフドウは、ベッドに腰掛けて、その足元で床にそのまま座り込む星矢を見下ろしている。口角こそ微笑んでいたが、その顔には底知れぬうそ寒さがあり、本心のところは読み取れない。もっともこの男が本心を詳らかにしている時こそ滅多になかったから、今更そのような表情を向けられたからとて星矢がフドウに怯えることなどなかったが。
星矢の体を縛っているその縄は普通の、もっと言うなら実体でもなく、小宇宙でつくられた羂索であった。密教の、不動明王の仏具で、フドウの得物だった。フドウに攻撃の意思はないが、しかし星矢を責めんとする無言の圧力だけはその縄からありありと感じられた。
その縄が、期待に濡れて自ら服を脱いだ星矢の裸体を飾っている。期待は性交のためもあったし、薄々この折檻が行われることも予感していた。フドウは裸体の星矢を好んでいたし、星矢自身縛られるなら服越しなどではなくその肌に直接与えられたかった。
「…いい加減、解いてくれよ。さすがに、ちょっと痛い」
薄い体に締め付けられる縄は決して弱い力ではなく、食い込んだ皮膚はところどころ蚯蚓腫れのように圧痕を残していたが、それでも星矢は未だ落ち着いた様子でそう言った。甘い吐息には悦楽の色さえ見えた。
「…反省するとその度に言っているのに、未だにその色が見えぬのは、一体どういう了見なのか」
ふつり、と一滴の怒りを滲ませながら、フドウは静かに問う。
「だから、ただ話してただけだろ?動きを教える時にちょっと体に触れただけで…。いちいち候補生相手に何かあるわけないだろ」
聖域内部、十二宮の麓には聖闘士候補生用の訓練場がある。星矢は時々暇な時にそこに顔を出して、訓練場の青銅聖闘士や候補生相手に体術指導をすることがあった。組手まですることは稀なものの聖闘士の最高位に位置する黄金聖闘士、まして神殺しの異名を持ち伝説とも呼ばれている射手座の星矢の人気は絶大で、尊敬を超えて崇拝に近い感情を抱いているものさえ少なくなかった。
なればこそ自分の恋人として身の振り方を選んでほしい、というのがフドウの希望だった。
星矢が自分だけを見ているわけではないことはフドウも理解しているし、黄金聖闘士である星矢の生き方を尊重しているからこそ普段は見逃しているが、神の化身でありながら星矢のその罪深さに陶酔してしまったフドウの星矢への執着は尋常ではなかった。本当は誰の目からも触れられぬところに閉じ込めてさえしまいたいが。しかし自分が惹かれるのはそのような彼ではないとその不自由さえも愛していた。
仕えるアテナや同じ黄金聖闘士と話したり、ある程度触れることは、フドウも黙認している。
しかし雑兵や候補生にまで必要以上に触れることは、フドウは見過ごせなかった。それがただの醜い嫉妬であることはフドウももちろん自覚していたが、彼の光の前ではこれすら当然だと、ある種正当なものだとも思っていた。
熱を持つ体を持て余すように、星矢が身震いをした。痛みから得る陶酔のためかそれともこの背徳的な行為から来るインモラルな悦楽のためか、彼の中心部は痛ましく張り詰めて、しとしとと雫を垂らしていた。全裸の星矢と対照的にまだ普段着の袈裟には乱れもないフドウが、裸足のつま先でそれを弄ぶ。ぐ、と床に押し付けるように力を加えると、星矢は苦しそうに吐息を漏らしながら、それにすら興奮しているようだった。
「わかった、今度から、気をつける……だからもう…」
「そう言うのは何度目ですか」
「う、っうう、すまない…でも…」
「…全く、堪え性がない」
フドウは星矢を縛りつける羂索を解かないまま、下穿きをずらして勃起した一物を露出させた。
普段星矢に奉仕させることのないフドウが、星矢にこのような行為をさせるのは、折檻から許すときだけだった。
星矢は足元に跪いたまま、フドウの股座に顔を寄せ、その怒張におずおずと舌を這わせる。先走りの青臭い塩気を舌先で味わうと脳が痺れて、星矢はそれだけで甘いめまいを覚えた。
星矢は嘘を言った。フドウにはああ言ったものの、星矢はまた自分が同じことをしてしまうのだろうな、と確信していた。フドウはおそらく気づいてないだろうが、星矢はこうして彼から歪んだ執着をぶつけられることが好きだった。痛いくらいの、自分を焼き尽くさんとするような愛情を欲していた。フドウが星矢に対してそうであるように、星矢もまた並ならぬ感情をフドウに対して抱いていた。それは決して美しいとは言い難いけれど、星矢はフドウとの今の関係に心底満足していた。壊れた部分さえも愛して埋めてくれるのだから、なんと甘美な不自由だろうと、星矢はその泥濘にゆっくりと沈んでいく。






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