ある日のイタリア宿舎の食堂でフィディオ・アルデナな真剣そのものだった。オルフェルスの面々は何があったか、と不安そうにフィディオの顔を伺った。
心配になってきたから、とマルコとジャンルカはフィディオの様子を見るも一向に顔色を変える気配はない。
「ミスターΚのことか?確かに納得いかないよな、急に監督が代わるなんてさ」
「あんま気にすんなって!」
二人はそういって励ましの言葉をかけた。ついこの前急に監督が代わった上にその監督が日本で悪事を働いていたと円堂達は言ってた。
すべてがいきなり過ぎて頭が混乱しても決しておかしいことでは無い、むしろこれが普通の反応である。
しかもフィディオはイタリア代表のキャプテンだ。チームをまとめて行く上で悩むことなどたくさんあった。
「……………遅い」
フィディオは確かに小声でそう呟いた。フィディオの近くにいたマルコとジャンルカにしか聞こえなかったらしく他の面々は疑問を浮かべた顔では無かった。
すでに日はとっくに沈んでいる、人と遊ぶ時間にしては遅すぎた。なにか配達でもしたのか、そもそもライオスコット島は離島だ、そこまでサービスが利くかと言われれば無いと思うのが普通であろう。
「士郎が来ない」
「しろう……?あぁ、あのちっちゃくてかわいい子」
ジャンルカは自分の記憶をたどり考えた。練習終わった後にはいつもいて、フィディオと楽しそうに談笑している子だと思い出す。
するとフィディオはこれまでに無いほど物凄い形相でジャンルカを睨んだ。
「狙ってねーよ、睨むな!」ジャンルカはそう言った後に、フィディオが怖すぎて狙うに狙えねぇだろ…、とフィディオに聞こえないほど小さな声でそう呟いた。
「次のアルゼンチン戦も……絶対勝ちたいな…」
「おう、当たり前だろ!頑張ろうな」
「勝ったらきっと試合が終わった後に士郎が来てくれて向日葵に負けない笑顔で抱きついてくれる……」
「結局オチはそうなるんだな」
マルコは呆れたように呟いた。途中まで本気で考えていた自分がバカみたいな……と悟る。
とにかく今のフィディオに何を言っても無駄である。
「この前士郎とデートしたんだ、そしたら士郎可愛いんだ、いちいち何か言うたび赤くなるんだ」
「……………やっぱお前等のことだったのか」
ジャンルカが何かあったのか、とマルコに問うとマルコはため息をつく。
「この前イタリアエリアにどうしようも無くイチャイチャしまくるバカップルがいたって聞いたから」
「確かに心当たりしかないな」
そんな会話をしていれば宿舎の人がお客様が来ています、と教えてくれた。アンジェロとブラージは様子を見に行けば、急に宿舎の玄関辺りで二人の声が騒がしく聞こえる。
フィディオも気になったらしく、食堂の扉を見た。
「…こんばんは…」
そこに立っていたのは先ほどまでの話題の人物である。控え目にドアを開けて、フィディオがその姿を確認するといきなりフィディオの顔色が明るくなる。
「士郎、こんな時間にどうしたの?」
「……えっと…これ、みんなでケーキ作りして余ったから…」
そっと吹雪は持っていた何の変哲もない紙袋から取り出したのは綺麗にプレゼント包装された箱をだ。マルコとジャンルカは察している、余り物ではなく吹雪がフィディオのために作ったものだと。
「え!いいの?」
「う……うまく作れたか分からないけど…食べて?」
おい、そこ徐々に本音が出てきてるぞ、なんて突っ込みをグッとこらえた。
おずおずとフィディオは吹雪からケーキを受け取るとまるで子供のように輝いた笑顔で吹雪を見る。
「開けていい?」
フィディオは吹雪に言うと彼……(彼女かもしれない)はこくり、と相槌を打つ。
包装を解いていけば中には随分手間暇掛けたであろう、立派なチョコレートケーキが入っている。まるでパティシエの志願者が作ったかのようだ。
「フィディオ…この前チョコレートケーキ好きって言ってたから」
「覚えててくれたんだ、それにしても食べるの勿体ないな……」
「食べてよ、フィディオのために一生懸命作ったんだから…」
ジャンルカはわざとらしく、ぱたぱたと手をうちわ代わりにして自分の顔を扇いだ。
それがこのバカップルへの必死の反抗であった。
ラブ・イズ・スイート
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吹雪が遅れた理由→せっせとマネージャーに教わりながらケーキ作りに励んでいたから
吹雪視点も書きたい………