勘違い 元は政略結婚が始まりである。 先導家の長女を是非雀ヶ森家に迎え入れたいと、そう言った。雀ヶ森と言えば日本有数の財閥で議員なんかも輩出している名家だ。テレビでも何度か目にしたことある。 そんな雀ヶ森家は誤解していた。その縁談はアイチを女の子だと思っているのか、先導家長女にアイチの名前が挙がっていた。 アイチは結婚など考えたことはない。ましてや顔の見えない、会って話をしたこともない人と結婚するなど考えられないとアイチ自身思っている。ましてや同性とだ。 「アイチには櫂さんとか三和さんとかいるじゃない、どうしてお見合い断らなかったの?」 妹のエミが腑に落ちないのか、見合いを断らず行くことを選んだアイチにそう言った。どちらにせよ何がおかしい。 櫂と三和は自分の中で良くしてくれる友人だった。それに恋愛感情として二人を見ることなどはない。確かにかっこいいとは思うがそれは恋愛に発展するわけがないのだ。 二人も年頃なのにいつも自分を気遣ってくれるのが、なんとなく申し訳なかった。もっと他の子と遊んで良いのにいつも一人でいるアイチを気に掛けてくれる。 それに断らなかったんじゃなくて断れなかったのだ。相当雀ヶ森家に権力があるのか、簡単に丸め込まれてしまった。きっと最初から断る余地もなかっただろう。 「大丈夫だよ、エミ」 「何が大丈夫なの? まったく、アイチったら………櫂さんや三和さんに何て言うのよ」 男と見合いなんて、とぼそぼそ呟いていた。 エミは心配し過ぎだよ、とアイチが一言声を掛ければ大きく息を吐かれてしまった。 約束のお見合いは明日なのだ、相手に気に入られてしまえばきっと婚約したも同然だ。そもそもその婚約する予定の写真をアイチは見たことが無い。 「大丈夫、僕は普通の家の子なんだから………それに雰囲気で男ってばれてどうせ取り止めになっちゃうよ」 アイチはエミに微笑みを浮かべる。エミはこの笑顔が大好きだが、今は何となくそれを受け入れる事は出来なかった。 櫂も三和も今までどんな気持ちを抱いて一緒にいたかもエミは分かる。大好きアイチをもし仮に知らない人に渡すくらいなら櫂や三和に預けた方がずっと安心出来るというのに。 見合いの席で出てきたのは紅い髪をなびかせた物腰の良い青年だった。エミに着飾られたアイチは彼をただぼんやりと見ていた。 黒いスーツをスマートに着こなしているその姿は思っていたよりも良いイメージが与えられる。 「雀ヶ森レンです………よろしく」 「あ、えと……僕は!」 「知ってますよ、先導アイチさん」 ですよね、と付け足す。 彼は笑みを浮かべてアイチに視線を送る。レンの横に座っていた彼よりも一回り大きい男は「それでは私はこれで」と立ち上がる。 すると、それを見据えたアイチの母親も意味を理解したのか立ち上がり、静かに部屋から出ていった。 「緊張してますか?」 親もいない中で自分よりも位の高い人と話す機会などはアイチにはなかなか無い。もしかしたらこれから寝食を共にするかもしれないような人だ。おまけに隠していることもある。 膝の上に置いた両手に自然と力が入ってしまう。 「はい、とっても」 「別に固くならなくて良いんですよ、こんなの……面倒でしょう?」 「面倒だなんて、そんな……」 疲れ切ったような声でレンはそうアイチに諭した。彼はどうも婚約相手が決まらないと、先程彼に付いていた男が言っていたことを思い出す。 彼を拒む女性はあまりいなかったらしい、しかしレンの方が元々女性自体に興味がないのか、女性達の後ろにいる金目当ての両親が気に食わないのかすべて縁談までは行くもののそれ以上の発展はない。 「正直、お嫁さんなんか欲しくありません」 「じゃあ何で……?」 「大人の事情って言うやつです、もっと好き勝手したい時期だと言うのに……」 はぁあ、と溜め込んだ息を盛大に吐き出した。ここまで来ると相手、つまり雀ヶ森レンがどれだけお見合いたるものが面倒くさいのかアイチにもひしひしと伝わって来る。 きっと今までお見合いして来た女性達が容姿も家柄も良い雀ヶ森の夫人にならないのかと言えば、きっとこれから夫になる男がこうも無気力だからだろう。確かにこれじゃあ結婚できない訳だとアイチは思う。 「アイチさん、と言いましたね……」 「はい……」 「じゃあ、えっと……趣味はなんですか?」 まるでお見合いしていると言うよりは会社に面接していると言った方が相応しい切り出し方だ。アイチにはこれと言って趣味はない。 料理と言えばこの前櫂に「包丁を持たせたくない」と言われたばかりで、身体を動かすことと言えばつい最近三和に「危なっかしい」と言われたことも記憶に新しい。 「なんか無いんですか?」 「特には…」 「そうですか、珍しいですね趣味がないと言うのも」 本当に面接官と対話しているような流れになってきた。アイチも固くなりレンに視線を合わせることが出来ない。 当の本人は顎に手を添えて涼しそうな顔をしているだけだ。なんだ偉そうに、と思う余裕もなくアイチは俯いた。 「決めました」 「え?」 「アイチさん、結婚しましょう」 流れが可笑しいんじゃないか、とアイチは目を点にした。思考が追い付かないのだ、どうしてその答えにたどり着いてしまったのかが。大きな声を出せる場所でもなくただ口を少しばかり開いたままだ。 「不満ですか?」 「なんで……そうなったのかな、って」 「あなたとなら何となく良い家庭を築けると思ったからです」 涼しくそう言われたが人生の大事な選択をギャンブルの如く決めて良いのだろうか。どちらにせよアイチには権力的にも拒否権はない。 とりあえず困惑しながら、思ってもいない事態になんとか縁談を断わらせようと弁解してみるも意志は固くて押しても引いてもますます好意を与えてしまうようで「僕はアイチさんみたいな方、好きなんですよね」とまで言い出した。 「ちょっと時間を貰えませんか?」 「いいですよ、何分くらいですか?」 「あ、いや……1週間くらい」 「それは、ちょっととは言えませんね」 この人は『結婚』と言う意味が分かってはいるのだろうか、多分分かっていない。現にもっと照れながら初に事が進められる筈のこの行事にもなんの感動さえ示さないのだ。 「いいでしょう、待ちますよ」 「本当ですか?」 「ええ、僕は嘘はつきません」 「……じゃあ!」 「その代わり一つだけ、条件を提示してもいいですか?」 ぴっ、とアイチの前に人差し指を立て示す。折角自分の意見を飲んで待ってくれると言うのだ、否定する権利などアイチにはないだろう。ただアイチは頷くとレンは嬉しそうに口を開いた。 「考えている間、僕は君の家に住もうと思います」 「はい?」 「普通の生活も知っておきたいのでね」 |