喜んで欲しい金曜日










「かいくんが、かいくんが、事故にあったんじゃないかって…何回掛けても繋がらなくて……」


と昨日は三和家に保護されたアイチを迎えに行けばそう言いながら三和家の前で大泣きしていた。
櫂の顔を見たら涙が込み上げたらしく、アイチはわんわん泣いていた。
しかしアイチは鼻を赤くしながら家に帰ると夕食に準備をしている最中に泣き付かれたのかソファーで身体を小さくしながら寝ていた。櫂はそれを見兼ねてアイチをベッドまで運び、アイチの分の夕食をもし夜中起きてお腹が減った時を考えてラップし、一人で静かに夕食である鯖の味噌煮に手を付けた。




次の日、眠い目を辛くも開こうとすれば何か温かい吐息が頬に掛かる。まだ覚醒しない瞳を開けようとすれば蒼い何かがぼんやりと視界に現われた。
まさかと思い櫂は思い切り身体を起こせば布団にはアイチがいた。随分気持ちよさそうな寝息を立てて、櫂のシャツを握りながら眠っていた。


「な……」


咄嗟に出た言葉はそれだけだ。
そっとアイチの手だけでもシャツから離させようとするも意外に力は強く、どうにもならない。


「………かいくん…」


甘い、いつもよりも猫なで声で寝言ながらそう呼ばれれば自然と朝から体温が上がってしまう気がした。
なんとなく微笑ましくその姿を見守っている。


「…だ、だめっ………入れちゃだめ…櫂君……!」


眠るアイチは眉を潜めて頬を染めた。良からぬ夢を見ているのか、と問い詰めたくなるような気がするも櫂はきっと疲れているであろうアイチを起こそうとは思わなかった。
ただ、夢の内容が気になるばかりか自分のシャツを握って放さないアイチを見つめていた。


「だめっ、お弁当にっ……ピーマン入れちゃ……いや…」


今日の弁当に入れようと買って来たピーマンはどうやら無駄になりそうだ。









「悪かったって!」


今週一週間はやたら元気はつらつの三和タイシが櫂が登校するなりそう言って謝る。
ちなみに眠そうなアイチはちゃんと起こして学校まで、今日は中学校前まで送った。途中森川と井崎に会い、奇妙な顔をされながらも眠そうに目を擦るアイチを引き渡してきた。


「アイチが泣きながら制服であんな時間に顔青くして走ってたから、てっきり不審者に追っかけられてんのかと思ってさ」

「何故あの時間にお前が街をほっつき歩いてた」

「実はカードキャピタルに携帯忘れてさ、取りに行った帰りに外走ってたから追っかけたって訳」


追い掛けられていたアイチはきっと恐怖だったろうに、と思いながらぼんやりと言い訳を聞いていた。三和は結果的にはアイチを保護してくれたが、あんなに必死扱いて探し、おまけにいらぬ感傷にまで浸っていたのにも関わらず、空気を読まないメールに少なからず殺意が湧いた。それだけだ。

感謝もあるかもしれないが、どちらかと言えば自己嫌悪混じりで三和の手柄を認められなかった。


「わかったよ、なんか奢ってやるよ」

「本当か」

「あー、食い付きだけは早いな」

三和が何かに折れたようにそう呟けば櫂はやっと視線を三和に合わせて話し出す。すれば三和は呆れたような言い方でそう言った。






放課後に三和を連れて近くのスーパーに足を運んだ。乗り気ではない三和は心底驚いたような顔をして「何故ここに?」と言う顔をする。
スーパーに入り、ただ一直線に目当てのもののフロアへ行く。他の食材は問題ないだろうと思いながら目配せをし、足を止めた。


「まさか、これか?」


指差す先にはまさしく望んでいたものがある。三和が怪訝そうな顔をして見つめているも、知ったことではない。
目当ての品は千円オーバーの黒毛和牛である。アイチが前にテレビを見ながら「美味しそう」と呟いたのが始まりであった。
しかし櫂の財布事情から行けば、黒毛和牛はあまりにヘビーな品物のあまり手が出せずにいたが、三和が奢るというのならば別の問題であった。


「俺はこれをお前に買えばいいのか?」

「アイチのためだ」

「お前ってなんつーか、手段選ばないよな」


そうか、とあまり感心なさげな返事をしながら櫂は三和の手の上に黒毛和牛二枚入りを置き、顎でレジを差した。三和は悔しげにするもため息をつきながら仕方ない、と言いとぼとぼレジの方に行った。


スーパーを出れば雨が降っていた。これは土砂降りと言っても過言ではなく、雨の音は激しさを増してゆく。
そう言えば一昨日アイチが「明後日は折り畳み傘持っていかないと」と言っていたのをふと思い出した。まさか本当に土砂降りになるとは思わずただ青ざめる。


「すげー雨……どうすっかなぁ…」


雨宿りしていると三和がそう話し掛けてきた。当分雨の止む気配は無く、それを待っていたら夜になってしまう気さえした。
人から買ってもらったものとは言え肉が待っているし、無論アイチも櫂の帰りが遅くなれば心配して昨日みたいなことが起こるかもしれない。


「帰る」

「気を付けろよ、怪我して帰ったらアイチが泣くぞ?」


三和は茶化すようにして、自販機に向かう。彼はもう少し居座るようだ。
櫂は降りしきる重たい雨の中、アイチの笑顔を思い浮かべながら足を進めた。







「お帰りなさい櫂君、あ、今タオル持ってくるね」


まるで水に飛び込んで来たかのように髪も制服もすべてずぶ濡れの櫂を見たアイチがすかさずタオルを持ってきた。さすがに水浸しのまま上がるのは後始末が待っていそうだったためアイチの行動に感謝を覚えた。
タオルを受け取り、身体を拭いているとアイチは「お風呂沸いてるよ」と勧める。良妻になれるんじゃないか、と櫂は一瞬考える。


「これ……」


三和に買わせた黒毛和牛の入った袋をアイチに手渡すと歓喜の声を上げて「どうしたの? こんな高そうなお肉」と問い掛けて来た。
少し言葉に詰まりながら「三和の奴からだ」とだけ告げる。








「明日は水族館だね、楽しみ」

「ああ」

「久しぶりだからたくさん見たいな」


嬉しそうに無邪気に語るアイチを見ていると何故か自分まで楽しみになってくる。三和に買わせた黒毛和牛は案の定絶品で箸が進む。







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三和君ごめん……





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