「だ、だってほら、PSYクオリアを通じて会話らしき物は出来そうだし…」 「と言う訳ですよ、櫂……残念でしたね」 レンがアイチを自分の方に抱き寄せて我が物顔をすれば櫂はレンに凄まじく睨みを聞かせた。 その姿はまさに般若そのものな気がして恐ろしく三和はなんと声を掛けていいか分からずにいた。 「やっぱり王子様はレン様以外勤まらないわよ」 「だけど王子ってあんなよどんだ性格してるのかよ」 アサカがそう胸を張って言っていれば横にいたミサキは「阿呆らしい」と頭を抱えていた。キョウはぼそりと呟けばただただ三和は頷くが櫂が王子でも王子向きなのはビジュアルだけで中はアウトだと思ったが口にしなかった。 舞台裏に響き渡るヒールの音に全員が振り向けば貴公子のような爽やかな笑みを浮かべるレンと漆黒のまた王子役とは違う正装を着ている。両者ともスマートに着こなしており、ビジュアルだけであれば女子は食い付くであろう。 「あれ、なんで櫂……魔女じゃねーの?」 「ああ……それなら魔女役じゃなくて姫を狙うヤンデレ系王子に変更になったのよ」 「お前…大分台本ねじ曲げたな……」 三和は苦笑いで櫂を見れば彼はそっぽを向いて、まるで気紛れの猫のようにしていた。それまでして魔女役が嫌だったらしい。 緞帳が上がったのと同時にセットは変わり、薄暗く怪しい王宮をイメージさせるようなものになっていた。櫂はその中に紛れて立っている。 櫂の姿に何も知らない女性観客が黄色い声を上げている。 それと同時に胸を押さえてほっとするアイチを見つけたレンは彼を抱き留める。 「あ、レンさん……似合いますね」 「そうですか? アイチ姫がそう言ってくれるなら安心ですね」 ゙姫゙と言う言葉に赤くなったアイチはレンを見てただただ顔を真っ赤にしていればレンは笑みを浮かべては「可愛いですね」と言っていた。 舞台では魔女に代わりヤンデレ系王子役こと櫂が凄まじい演技を見せていた。そのテンションはまるでヴァンガードファイトの如く高い。 『姫に一番ふさわしいのは誰だ!』 『そ、それはシャドウパラディンを率いる国の王子です』 『何……?』 可哀想に、と言いたくなるほどに鏡役のキョウは怯えに近いものを感じていた。櫂はやけくそなのかそれとも練習の成果なのかその手振りは完璧である。 保護者の三和は「なんだよ、意外とノリノリじゃねーか」と櫂の演技を見てそう言う。するとレンは「多分僕とヴァンガードで一戦やってそのテンションだと…」と言えば全員は納得した。 妙にはまり役というか、オリジナルの役にしては型にはまっているような完成度である。 『ならば、アイチ姫をこの毒林檎で殺し、自分だけのものにすればいい!』 「……櫂が言うと冗談に聞こえないんだよな…」 櫂の迫真の演技を見て感想を述べた。アイチは三和の横で三和の発言に苦笑いしていた。 ヴァンガードファイトの時に無意識なのか良くやる悪い顔は悪役の王子にはぴったりである。三和は小さく櫂に拍手を送った。 「アイチ君…?」 「…は、はい!」 「緊張しているんですか?」 「はい……」 するとアイチはレンの胸に顔を押し付けられる。不意な行動にアイチは慌ててレンの顔を覗けば彼は清々しい表情でアイチを見据えていた。 「アイチ君なら平気です」 そう一言言われて舞台の方へと促される。慣れないヒールは更によたよたとさせるもののアイチはしっかり前を向いた。台本通りに『これは美味しそうな林檎、一口味見……』と言ってから作り物の林檎を食べたふりをし、練習通りに床に伏せる。 そこに現れた小人役であるテツは両手にその強面からはイメージ出来ない可愛いハンドパペットがはめられている。 倒れ伏せたアイチ姫を見下ろすような素振りを見せ、太い声で泣き声をだした。 『アイチ姫…!どうして!どうしてこんなことに!』 「誰だよ、あれ……テツか?」 ついに普段の姿からは考えられないほどに演技にキョウは誰かに向かって質問すれば同様にかなり驚きを隠せないでいるアサカが「多分…」と不安気に声を上げている。ただレンだけは満悦しているのか、そこで動揺していなかった。 「テツは学芸会でああゆう役をしていましたからね」 へぇ、としか言いようがないレンの言動に全員はさらにテツの過去に興味を持ちかけるのであった。 「レン様、出番ですよ」 「わかっていますよ」 アサカがレンの身だしなみを最終確認した後に送り出す。その姿はまるで世話を焼く姉のようであり、レンは胸を張って舞台へとでていく。 『おや、この子は…?』 『アイチ姫です、隣の国の王子に毒を……』 ううぅ、とまるで獣が唸るような鳴き声をテツは出す。ピンクの可愛いうさぎなどはイメージではこんな声は出さない気がするが誰もが敢えて口を閉ざすのであった。無表情で顔にはなんの変化もないが台詞には確かに感情はこもっていた。 『なんて気の毒なのでしょう、出来るならば僕のキスで目覚めさせたいですね』 三和は「うわ、恥ずかしい台詞!」と声を上げている。確かに普通に考えれば恥ずかしい台詞かもしれないがレンはのうのうと言っていた。 クライマックスシーンに近づくにつれ、まるで子の学芸会を身に来た親のようなテンションのアサカは興奮しているのとは裏腹に櫂はただ舌打ちするだけである。 仰向けに寝ているアイチにレンは跪きキスしようとする。 薄く目を開けていたアイチはレンの顔が近くにあることが分かるとみるみるうちに赤くなっていた。それと同時に拍手が沸き上がり、終わりを告げるようにカムイはまた『こうして二人は末長く……』と長いエピローグを言わされていた。 「うまくいきましたね、アイチ君」 「これもレンさんのおかげかもしれませんね」 「……僕は何もしていませんよ、アイチ君が頑張ったからこんなにもすごい拍手が沸き起こっているのですよ」 まだキスしているような姿勢から解放されない二人は顔を近付けたまま小声で話しこんでいた。レンにそう言われ、やっとアイチは胸を撫で下ろしていた。 ちらり、とそんなことを語りあっている二人を見たテツは去りぎわにわざとらしくレンにぶつかってゆく。 「!」 バランスを崩したレンはアイチに不意にキスをする。幸いと言うべきかその姿は丁度レンが影になったのと、緞帳が降りてきたお陰で目立たずに済んだのだ。 劇が終わり、全てが落ちついた後にレンに誘われる形で公園に立ち寄った。ベンチに腰掛ければレンは「もっと近くに座って」と自分を抱き寄せてくる。 夕日が沈む光景。 休日にも関わらず人気のない公園は少し不気味かも知れないがレンがいれば平気だ。 「……事故とは言え、あの…」 するといきなり体を抱き寄せられて気付けば今日で二回目のキスをしていた。長く深いキスにアイチは吐息を漏らせばレンは嬉しそうに笑みを浮かべた。 「キスはこうやるんですよ、アイチ姫」 彼は不敵に笑う。 それは決して恐ろしくなどなかった。アイチにとっては自分だけの王子なのだ。 |